16 休めよ日本人
「おはようございます。橘樹様」
「おはよう。本の虫さん」
朝食と身支度を終えた私とコウは再び裂界の中へ向かった。
旅館に住まう怪異の元締めである彼ならば、犯人である怪異の心当たりがあるかもしれない。
九星とは午後から旅館の周りを観光する予定があるが、怪異の危険性を誰よりも理解している彼ならば、事情さえ説明すれば理解してくれるだろう。
「橘樹様から依頼された記録は現在調査中だよ」
文字通り山となった書物の隙間から本の虫が顔を覗かせる。
「今日は別の用件で伺いました」
「へぇ、どの様な用件ですか?」
手短に事情を伝えると本の虫は少し考え込んだ後、直ぐに深く頷いた。
「あぁ。それなら犯人は木霊かな」
「木霊って――まさか鹿の角が生えた怪異?」
「いかにも」
どうやら犯人は旅館に来た際に見かけた怪異らしい。
「理由は?」
「あいつは貴方の曾祖母である
「要するに私を曾祖母だと勘違いしているのかな?」
「恐らく」
「本の虫さん。木霊の主体も貴方と同じ物?」
「残念ながらそうです。もし貴方が我々の主体を破壊するつもりならば抵抗はいたしますが」
「そんなことしないよ。他の手段を探すつもり。貴方には引き続き調査を依頼してもいい?」
「任せて下さい。我々はこの建物の外へは出られませんから、最悪の場合は逃げて下さい」
本の虫の証言から察するに、彼らは曾祖母を知っている様だ。
そういえば柳田も曾祖母と顔見知りだった。さらに本の虫とも友人関係だったはずだ。柳田が暇な時間を見計らって何か情報を聞き出せるかもしれない。
この状況において最善策は虫と木霊の主体を破壊してしまうこと、もしくはこの旅館から逃げ出すことだ。
しかし、どちらの選択肢をとっても本の虫から調査結果を聞き出せなくなってしまう。
一番望ましい解決方法は主体を破壊せず、木霊だけを退けることだ。
それにしても、なぜこの旅館に住まう怪異には主体が同じであるにも関わらず姿、形、個性、名前、が割り当ててあるのだろうか?
彼らの正体は一体……。
*
「待ってくれ梓ちゃん」
「何でしょう?」
「状況が理解できないんだけど。ここに住んでいる怪異に婆ちゃ……じゃなかった、先代の生き神である清と間違えられて求婚されているのか?」
「そうだと先ほどから何度も説明しています」
「全く君は、どうしていつもトラブルばっかり招くんだ。落ち着け俺。冷静になるんだ」
寝起き早々コウから信じがたい報告を受けた九星は客室のちゃぶ台に向かって項垂れた、そんな九星をコウが「おーい。どうした?」などと言いながら突っついている。
そして我々が囲むちゃぶ台の周り、九星の客室全体にはタロットカードの様な物が並べられていた。
西洋の結界を模倣したものだが、事情を知らない者からしてみれば旅館の部屋全体にタロットカードをばら撒いてる様にしか見えない。
「ひとまず起きてしまったことは仕方が無い。解決策を考えよう」
九星は顔を上げると、鞄からあれこれ資料を取り出した。
「梓ちゃんは今回の件についてどの様な解決策を考えている?」
「私が清さんでは無いことを木霊に直接説明するつもりです」
「正気かい?」
「勿論。万が一計画が失敗しても私とコウで対処します」
「そうか。くれぐれも気をつけてくれ。敵対している怪異は木霊で間違い無いよね?」
「あぁ。そう言えば……」
そういえば九星に本の虫を含めた、この旅館に住まう怪異について説明していなかった。
仕方が無いので手短に昨日と今朝にあった出来事について話す。
「なるほど。大体は理解した。つまり木霊はコードネームであって怪異本体の名前では無い訳か」
「そうです。やはり怪異の正体については先に目処を立てるべきですよね?」
「無論。相手を知らずに戦うのは無謀すぎる。都市伝説が相手ならなおさらだ。奴らは資料が不明瞭なものばかりだからな」
「分かりました。ではこの後、柳田さんに昔この建物に関する噂話が無かったかどうか聞いてみます」
「あぁ。こちらも他の怪異について調査してみる」
九星は資料を片付けると身支度を整え始める。
気づけば折角の休日であるにも関わらず七瀬屋メンバー全員が仕事モードに入っていた。
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