15 夢の中に私

 また夢を見た。奇妙な夢。

 質素な衣を着た男性が複数人、私を囲んでいる。そして、その中心にはコウに似た青年がいた。他の男性とは違い彩り豊かな玉を身につけている。

 以前、夢で彼に会ったときは感情が何も読み取れないほど、虚ろな目をしていたが、今回は違った。興味深そうに私を見ているのだ。

 妙に体が重いことに気づき、足元を見下ろす。すると自身が上質な生地に身を包んでいることに気づく。


「ほら俺が申し上げた通りでしょう。気飾れば木花之佐久夜毘売このはなのさくやひめにも勝る美女になるって」


 部下らしき男が茶化すように笑うと、コウらしき男はこちらの手をとった。


「あぁ、とても美しいぞ……。君が今日まで何事もなく成長して良かった」

「ありがとうございます。私からも……にお願いがございます」

「何でも言ってみよ」

「どうか笑ってください」


 そう言うとコウらしき人物は、困ったように少し目を伏せた。


「難しいことを言うな」


 少し目を閉じる。すると今度は女性達の笑い声が聞こえてきた。錆びた鉄のような香りが鼻の奥を刺す。

 目を開けてみると、先ほどまで纏っていた衣が血に染まっていた。そして傍に出来た血溜まりに視線を落とす。

 血溜まりには少女が映っていた。

 背中まで伸びる長い髪。そばかすやニキビが全く無い白い肌。私の顔だ。夢の中でコウと話していたのはこの私……橘樹梓にそっくりな少女であった。


「あーずーさ」


 意識が遠のく。倒れる私を銅剣を持った女が複数人見下ろしている。


「起きろ」


――怖い。助けて。


 耳をすましてみれば、笑い声とは他にどこからか聞き覚えのある声がする。


「早く」


 恐ろしくなり目を閉じると、突然天地が揺れた。揺れると共に女達の姿が薄れる。

 そして、再び目を覚ますと空色の瞳がこちらを見下ろしていた。コウだ。いつも以上に真剣な表情をした彼は、いつものシャツやサロペットではなく神霊としての姿に戻っていた。出会った際に纏っていた服だ。


「おはよう。コウ」


 ぼやけていた視界が晴れてくると、彼の右手に何やら物騒な物が握られていることに気づく。白い光を帯びた銅剣だ。


「もしかして私、コウに暗殺されかけていた?」

「阿呆。むしろその逆だ。梓に危害を加えんとする輩が現れたからこうして武装しているのだ」

「何があったの?」


 慌てて飛び起きると、コウが万葉仮名が書かれた短冊のようなものを取り出した。中身を読むもうとすると、短冊は瞬く間に火の粉へと姿を変え雲散する。

 短冊自体は塵すら残らず消え失せたが、短冊に書かれた内容は不思議と頭に残っていた。



――この短冊、怪異が作り出した物だ。



「うつくしと わが思ふ妹は 早も死なぬか 生けりとも われに寄るべしと 人の言はなくに……万葉集の歌だね」

「梓に対して恋人だと? 犯人さえ分かれば直ちに首を切り落としてやるものを」


 確かこの歌は、実らない恋の苦しさあまりに想い人への死を願った歌だ。

 ようするに何者かが私の命を狙っているということになる。


「さて、どうする梓。片っ端からこの旅館に住まう怪異を切り伏せるか?」

「それは無しにしよう。まずは本の虫に心当たりが無いか聞きに行こう」

「ふむ。よかろう」


 私が起き上がると、コウも意気揚々に部屋を出ようとする。


「待って」

「なんだ?」

「先に朝食と着替えをして。あと、その銅剣はしまってね。完全に銃刀法違反だから」

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