17 怪異の正体

 九星に柳田の都合の良い時間を尋ねてもらったところ、昼前には少し時間ができるとの連絡が入った。

 昼前ともなれば客室清掃が行われる時間である。客室に残っていては迷惑だろうと考えた私はコウを連れて旅館の中庭を眺めていた。


「九星は部屋に散らばっている『たろっとかーど』を片付けたであろうか?」

「清掃が入る前に片付けてもらうよう頼んだから大丈夫だと思うけど」


 コウから投げかけられた質問により、九星の部屋がどの様な状態になっているのか気になってきた。万が一タロットカードを片付けていなかった場合、事情を知らない者が見れば九星は変わり者にしか見えないであろう。


「おや、九星さんはまだその様な趣味をお持ちで?」


 ぼんやりと庭を眺める私達へ声をかけたのは柳田であった。


「叔父に限らず橘樹家の者は変人揃いですよ。それよりも柳田さん。予定より少し早いようですが」

「えぇ。想定していたよりも早く予定が片付きましてね。私に尋ねたいことがあるとお聞きいたしましたが」

「そうですね。この旅館の守り人である虫について幾つかお尋ねしたいです」

「まさか、彼らが何か悪さを?」

「いいえ。それに関しては安心してください。私はただ、彼らについて知りたいだけですから」

「何故でしょうか?」

「怪異に関わる者特有の知的好奇心というやつです」

「あぁ。なるほど」


 『怪異に関わる者特有の知的好奇心』という言葉は言い訳をする為に即興で考えた言葉だが。柳田は納得してしまった。

 まさか、九星というオカルトオタクを怪異関係者の典型的な例だと思い込んでいるのだろうか。


「虫たちに別名のようなものはありませんか?」

「いいえ。申し訳ありませんが、彼らは昔から地元民に虫とつく名前を与えられていました。本の虫。あくびの虫。風の虫」

「それでは建物そのものに関する噂は?」

「それならあります」

 

 柳田は何かを思い出したかのように手を打つ。

 この旅館に住まう怪異はこの建物からは離れられない。ならば建物自体が都市伝説や噂である可能性は十分にある。


「かつて地元の子供からこの屋敷は迷い家と呼ばれといました」


「旅館と同じ名前ですね」


「そうです。そして迷い家にはこのような噂がありました。かの家には数多の怪異が住んでいる。怪異は客人の願いを読み、姿を変えると。現に昔の私もこの場所に来た時に本好きの怪異に出会いました。当時の私の周りには本を好む友人が居なかったのでそれにどれだけ救われたことか」


 全ての謎が解けた。

 虫や木霊の正体は客人の願いを反映し、産まれた幻影だ。そして主体の家そのものであろう。

 怪異としての本来の名は迷い家ということになる。

 だとすれば木霊の正体は柳田の清に対する恋心だろうか。

 

「分かりました。ありがとうございます。後もう一つ聞いてもいいですか?」

 「構いませんよ」

「失礼ながら清さんとの恋模様はどうなったので?」

「あぁ。それですか」


 こちらの問いかけに柳田は苦笑する。

 ふと、コウの様子を見てみると、話を聞くことに飽きた彼は呑気に庭の池を眺めていた。


「私の方から身を引きましたよ。彼女には許嫁がいたようですし何より」


 柳田が突如言葉を詰まらせる。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、失礼。何より私の持っていた感情が

本当に恋心であったのか疑問に思ったのです」

「それはどういうことだ?」


 先ほどまで池の周りを歩いていたコウが知らぬ間に隣へ戻っていた。この神霊、何をするにしても全く気配がない。


「清さんはいつも孤独に苛まれていました。生き神の責務故でしょうね。『どうして誰も私を愛してくれないのか。行き神としてではなく、清という人間として』彼女はいつもそう言っていました。私はそんな彼女のことが心底哀れだったのです」


 生き神としての孤独。

 それならば私にも痛いほど分かる。

 巫女としての実力しか期待していない両親。盲目的に祈り願う氏子共。

 全てが気持ち悪い、忌むべき記憶。

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