星の雫
花水スミレ
星の涙は瞬いて
星が瞬き幾星霜…、
幾つもの星が生まれ……終り…その中でどれだけの生命が、瞬きの間に消えて居なくなっただろう。
とても小さく、とても切なく、儚くて…
愛していた……。
「………。」
あい…、愛…、どうだろう……
正しくそれを「愛」と呼べるのか私には
分からない。
私はずっと長生きで、誰よりも年上なのに…
何よりも幼い…。
(だから…)
今日という“最期”を迎えても、きっと簡単で、
誰でも分かるはずの愛の事なんて…私は
理解できずに終わるのでしょう…。
「それは違うんじゃない?アースちゃん」
遠く離れた…けれど、最も近い隣人…隣星が
私にそう告げる。
彼女…彼……、彼の星は
とても眩しく…優しく…輝かしい、
地上に住まう
ある意味での第三の
「なら私は“彼女”…、じゃないかな?」
彼女は死ぬ間際に在ってもそんな事を言って
私に語りかけてくる。
「それはね…私アースちゃんの…姉妹?
幼なじみ?んー…付き人?みたいなものだし」
同じ宙に生き、同じ年月を私達は共有し、
…そして私達はこうして仲良く
“
「それでお月ちゃん?さっきの否定は何に
対してかしら?」
言葉を交わす事が出来たのなら、そんな風に
口に出していたでしょう。
もっとも…想いを伝える手段に言葉なんて
素敵な物は無いのだから…そんな風…
なのだけど。
「それよ。アースちゃん?あなた
寒色の天体なのに…心まで
心が寒色…つまり彼女は
ネガティブ思考は辞めなさいと
もう二十二時間も無い寿命の中で言っている。
今更過ぎる上に、死ぬ間際にこんなに
つまらない小言を言われて逝くのかと思うと
少し苛立って「本当はまだ生きれるもん」と
虚勢を張りたくなる。
それに、もう“これから”は無いのに…
“どうする”なんて言葉…あまりに残酷で
私には地雷だ。
「私、アースちゃんを悪く言うつもりは無い
けれど……気の毒ね…血は争えないもの」
「……。」
「思えば、
殆どはアナタみたいに青ざめた顔ばかり
だったわね」
そんな
理解できるはずも無いのに…月は明るく微笑んで
「そう?向かい合っていた時間は私の方が
多いのよ?」
向かい合ってるだけで一体何が分かると
言うのか…第一、
「機微な事に疎いのは私も同じだけれど…自分の事じゃない分、物わかりは良いと
思ってるのだけど…」
「………。仮に貴女が
物わかりの良い
それで顔色を伺えていると思うのは貴女の
自惚れじゃないかしら。」
「………。……ふ〜ーん…、そう…」
声も仕草も表情も無いけれど、その反応で
私は彼女の変化を察した……と、言うより…
その一言が口にして良い物では無いと
口にしてから客観的に気づいた。
「………。」
長い沈黙……、
この
いや、居心地の良さなど生まれてこの方感じた事は無いのだけれど…この
身に染みて痛い。
「………。」
「……………………。」
―――残り二十時間を切った頃―――
一生を終える只中にいても、何も変わらない。
これで終わると言うのに、こんな終わり方で
良いのだろうか……
そんな思いにようやく答えを出し、
彼女を見る…。
――――――……。
彼女を見る…。
これまでと変わらぬ彼女を見る…。
不機嫌な彼女は、不機嫌にあっても雅で美しい。私から見る彼女の姿は、決して変わる事は
無いけれど、
先ほどあった満面の笑みは…見る影もなく、
まるで周期を無視して三日月に変わって
しまったようだ。
そんな彼女の…僅かに見える光に…
「御免なさい。
私、こんな悲しい終わり方は嫌!」
光よりも遠く…思い
真っ直ぐに“心”を伝えた。
「……。」
遠く…永い…。
かつて
手を伸ばした時のように…
彼女との距離を実感する。
“イヤだ…。暗い…聴こえない…怖い…”
「“独りは……嫌”……。」
……………………………………。
……………。
「…そうね……、」
唱えるように、月は小さく…静かに…
「願うのは“それだけ”…。独りになりたく無い
だけ…、」
あぁ……、また……
間違えて……
「だから
えっ…
「御免なさい…アースちゃん。悪く言ったのは
私の方なのに…、」
「でもね、最初の話しに戻るけど…、
私は嫌よ?
なんて……」
そう…なんだ…、いいえ…そうだった。
彼女はやっぱり明るくて…優しく傍に居てくれる。
私への嫌味も不満も、私を思っての事だ。
「でもね、お月ちゃん…」
その続きを言いかけて…、彼女が首を横に
振った様な気がして──私は彼女の“想い”を
静かに聴く事にした。
「そんな冗談…聞きたくない、」
続きを言えば、今度こそ貴女とは
絶縁する…と、月の裏に隠した本音が
その言葉には仄かに潜んでいた気がした。
「アースちゃん…、貴女が愛を知らない筈が
無い…」
「だって貴女は…“愛している”し…
“愛されてた”」
ポツリ、と儚く落ちる雫が…一つ。
滴となって落ちるには、あまりに星と言う
名の生命は不出来だ。
「居なくなって……っ…て…」
「皆んな…何も…っ…ぁ…ねぇ…月ちゃん…」
“私…何かしてあげられたかな…”
――彼女が思うのはただ一つ。
それが正しかったのか…と、
ただ生を与えた事の他に…私は何をしたのか、
何をしてあげられたのか…
そもそも“何か”をしてあげられるほどの
存在だったのか…。
自身も望まぬ最期を、人類は…、多くの生命
は、受け入れ…前をみて、或いは上を見上げ
微笑む事は出来たのか…と―――
それを月の名の星は、淑やかな青の星に
優しく…ただ優しく、かつてそこに居た
彼女が愛したモノへ向ける光を…
―――そっと…彼女へと…、
無いけれど、死するまで失う事の無かった
心で…
「あぁ…温かい…」 同じ景色を見た。
月明かりに照らされる
その温かさを…、
見れた気がした。
「アースちゃん…悲しいね…私達、今日で
終わるんだ……」
悲しい…、けれどそれは
何に対してだろう。
――自分可愛さ故の命惜しさだろうか…――
それとも、
――“等しく終わるだけ”の虚しい理に
よる物だろうか…―――
…あぁ…それとも…
―“未練がましい程に愛したから”だろうか――
…きっとそうに違いない。
全てが刹那くて、切ないから……
どうしようもなく、仕方なく、
変わらず…救われずの
――堪らなく悲しい。
「どうして
答えを求めるでも無く…
それは終ぞ判ることの無かった空欄……、
埋められぬ―――呪いにも似た問い。―――
その先を地球も月も口にしなかった。
くちにすれば、この熱を
る……そんな気がしたから。
それは
なんとはなしに大事にした。
そして、その先の先……、
問いに対しての、"現実的でそれなりの答え"…の後に来る疑問…――――
(果てなくみえるこの宙に……限りを求める
のは………何故…)
これもまた…終ぞ知る事は叶わなかった問い。
ただ……それは……問いと言うより愚問…
と言えるかもしれない…。
月「そうよ、愚問よ。だってそうでしょ?
きっとそれは…いいえ…きっとそれが
勝手な決め付けでも……」
地球「きっとそれで良い…。」
月「うん…。」
そうだ……例え
私達は”う…―――
「やぁやぁ、こんにちは。」
「ちょっとー…今とても良い感じに話しを
纏める流れだったのだけど?」
月の名の彼女の言うように、二つの星が
自身の在り方に結論を出そうとした瞬間を、
意図せず遮る訪問者……観測者と言うのが
正しいだろうか……その星は「すまん、すまん」と、微笑みながら
会話の輪に入ることを許して欲しい…と
懇願した。
(構わないけれど、太陽さんが私達に
どんな用があって?)
「おや…今日に限って用件と言えるのは一つ
しか無いと思うのだが…」
「ダメよ太陽さん?知らぬ存ぜぬと言うのも
立派な作法…礼節なのよ」
「なるほど、通りで昔からお月と、
品があると感じていた訳だ…。」
では改め直させてくれと、太陽は一言告げ…
話しを掛けた理由を口にするのだった。
「言うまでもなく気付いているとは思うのだが……君たちに話を掛けたのは
他でも無い……私の寿命についてだ」
そう…彼の星が私達の元に訪れたのは、
今日と言う日が…彼の星の“最期”だから……、
そしてそれは同時に私達の最期でもある。
「すまないね、私
君たちを巻き込んでしまう」
当然と言えばそうなのだが…、誠実な者だ…。
彼の星はこうして、
挨拶しにまわっているらしい。
「既に水星と金星には今回の事を詫びたのだが……地球、そしてお月、すまない。」
あぁ…この
最期の刻くらい、周りを気にせず己の生涯に
思いを馳せても許されると言うのに…。
「言いっこなしよ…こういうのは連帯責に…
ん?はー…ちょっと違うわね…じゃなくて…」
(運命共同体だから…)
「そうそう、だから気にすること無いわ」
「そう…なのかねぇ……」
その呟きは、かつて多くの…あまりにも
多くの恵みと命の刻を
「日ノ星」からは到底 似つかわしくないものだった。
(らしくないわ)
「えぇ、なんだかとっても弱々しく視えるの
だけど…」
日ノ星は何処へやらと、かつての太陽の面影を
探す。
「もしかして、それも礼節……なのかな、」
もし顔の一つでもあれば、今の太陽はきっと
少さく、苦笑いしていただろう。
言わんばかりに太陽は今ある熱を
コレでもかと放出し…その熱の感想を訊ねた。
「どうだろう…これでも私がかつてのままだと?」
「あっ…(あ……)」
そうだ…弱々しい…では無く、もう弱いのだ。
もう……彼の星の熱は冷めてしまった。
情熱を失った
予想だにせぬ速度の老いと、過去を遥か先の想像へと置き去ってしまう。
かつて太陽が、熱く…、眩しく、力強い星で
あった……などと…、もはや証明できる物は
僅かばかりしか残されていない。
見るも無惨……と言えるだろう、彼の星が
迎える最期は、まるで伽話のように、知らず
起こったもの…かつて起こったものとして…
深く広い星海の小さな出来事として、
称賛も祝福も無く
「あ〜あー、何だか終わりを実感するわ、
太陽さんまで辛気臭い感じ出しちゃって…」
「申し訳ない」
(こういう事を思うのはどうかと思うのだけど、
太陽さんの死相が視えるのも中々無い事ね)
「確かにそうね…面白い…は流石に不謹慎
だけれど……不思議ね、ついこの間まで
明るかった
全くその通りだ…なんて、まるで他人事の様に
太陽は笑って、二つの星の音をどこか
切なげに…されど嬉しそうに聴き入る。
―――その後も星々は自らの音を奏で続けた。
…………。
………………、
────残り十九時間……―――
残り十八…―――、十七…
「ねぇ太陽さん?」
「うん…なんだい?」
――アナタが最期に想うことは?―――
「わたしが…最期に……」
突然…と言う訳でも無いけれど、一生に一度の
機会、誰もが望むべくもない“
いのちの行事……、
それに対する想い、或いは
それを踏まえた”これまで”の想い……を
月は知りたい…と言った。
(そうね…知りたいわ…
良ければ聞かせてくれる?)
「……そうだね……」
少しの間を置いて太陽は心の奥底にある
想いを募らせていく。
「君たち
思っていたんだ……わたしの…“自責の念を」
(自責…?太陽さんが?どうして…)
輝ける星…多くの生命を支え、生まれる
きっかけを与えたアナタが……何故?
「うん、わたしはね…眩しすぎた…」
ボソり…自賛にも聞こえる言葉をひとつ、
冷たさすら感じる仄かな熱でアナタは言う…
「わたしという存在は、あまりにも影響を
与えてしまう……」
「それがずっと気がかりだった……」
「わたしから見える星はどこにも無い、
感じるだけで知り合う事も無い…、己の光に眩み…暗闇と変わらぬ視界の中で……」
「ただ生き死にの結果をのみ感じ取る」
感じる事ができる、
感じている、
感じていた、
感じているだけ……、
感じる事しか…できない……
見る術も無く、知る術も無い虚しさが、
熱冷めた瞬間…不安を掻き立てた。
「
“ただそこに在るだけで孤立する事に…
自分が寂しさを覚えていた事……”
「そして皆と同じように、ただ在るだけでは
悲しい……と」
その後に続く思いを地球は何となく察した。
彼の星の云う自責とは、
“ただそこに在る事の寂しさ”を知りもせず、
見ることもしない無責任な自分が、
生きる事を無理強いしていたのではないか……と。
けれどそれは……、
(過ぎたことよ…何を言っても…私達の自己防衛にしかならない)
「そうだね…今さら過ぎる…。それにこれ以上
何から身を守るというのか…、」
「仕方ないじゃない、私達だって生き物
なんだから…惜しむべきはいつだって自分よ」
「私は同情する。
見えるものも、感じる取れる物もごく僅か…」
「それを少しでも感じれた、小さな光に目を向けたくなった…素敵な事じゃない」
行動原理は自衛と恐怖心。
目を向けたのは……心を向けたのは……
共感と、その光を尊重したいから。
(私達は、私達の為に苦しんで…庇って…
慰めてきた…)
生まれた意味を知らず…小さな光に見合う事
なく、在り続けた。
初めは自衛と恐怖心。
けれど目を向けたのは…、心を向けたのは、
それを”美しい”と感じたから。
(私達はきっと、美しく在る為に生まれてきた)
「例えそれが、都合のいい思い込み、
決め付けだとしても……」
(光を…熱を…風を…水を…土を…)
「新しい生命を…」
喪うことを恐れる程に輝かしいものを生み…
私達は美しく在る。
(私達は美しく在る為に…そしてそれ以上に…
美しく、綺麗で儚い…“大切なものを探す為”)
「(生きている)」
「そうだ、美しい…と感じたんだ」
「この
「だから……だから…こそ…」
太陽から一粒の雫がこぼれる。
(やっぱり不器用ね、私達…)
「そうね、涙の一つでも…流すことが出来たなら…」
────────────
──残り十五時間、
「はぁ…──うん、落ち着いたよ」
ゆっくりと、一呼吸置いて太陽は少しだけ
熱を灯す。
「さて、ワタシはそろそろお暇するよ」
そう告げると、太陽さんとの心の距離が
遠く離れるのを感じた。
「良いの?このまま
いたって…」
月の問い掛けに、太陽は柔らかに微笑み
「ワタシは明るいからね、
慣れている。」
それに案外、ひとりの方が気楽で性に合う、
と冗談混じりにひと言…
「最期も恒星として…その在り方を大事に
して
そうして
別れを告げた。
────────
「ねぇアースちゃん。」
(なぁに?)
「このまま宇宙に揺蕩うのも悪くないけど…」
(浮かんでいるのはつまらない?)
「それについては今更じゃない、けど…
“このまま”だと浪漫が無いと思って…。」
(浪漫…?)
「そう…。なんて言うか…華がないじゃない?終に方というか…終に目の姿?が、つまらないなぁ〜って」
(はぁ…)
なんというか…、彼女らしい。
明確な死というものを前にしても、沈む気持ちは無く、これまでと変わらぬ姿をとっている。
(それで、貴女はどうしたいの?)
華のある死、と言っても具体的な事は
思いつかない。
彼女の望む華とは、端的に言えば“格好良い
死に様”…トキメクような終わり”なのだろう。
格好良い死にかた…って何だろう…。
浪漫が無いのはつまらない…と云うけれど、
自身の最期を美しく飾りたいと思うのは何故?
「感化されちゃったの、太陽さんのあの言葉に…。」
(…最期までその在り方を…って?)
「うん。私ね、綺麗なの」
「それが例え思い込みでも、私はそういう風に生まれて来たんだって……そう思った」
「それは貴女も同じ…寧ろ…共同体である
そうして生まれきた」
(そう…それはつまり…)
「うん…私ね、︎︎“美しく死にたい”」
(………。)
(そっか……)
(そうだよね…うん、良いね…そうしよう)
「良かった、私達 最期まで一緒ね」
(ふふっ…当然でしょ。)
(でも難しいね…どうすれば
美しい…って言えるのかな、)
「えぇ、どうすれば…いいのかしら」
(ゆっくり考えよう?)
「もちろん…あそこに見える太陽さんの
光を受けながら…ね?」
(……温かいね…。)
「えぇ…とっても……」
────────────────────
14……、13……12、
11、
10 9 8 7 6
5……4、……3……2…………1、
…………………………………………………………………………………そして星は…瞬く。
──────────
瞬きが星海を照らす刹那…、冷たい世界に
二滴…闇に溶けて星命は息を引き取った。
─────
……これはヒトと同じ一つの命が終わる物語、
そしてこれは私の空想。
けれど心から…星たちに美しい最期をと
願っている。
そしてアナタにも…、
“あなた が あなた”で在る事を…その終わりが
アナタにとって美しいものでありますように。
星の雫 花水スミレ @sumire34si101096
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