第39話

第4章 百鬼昼行燈


(9) 


 背たけはあまりない人物であったが、この苦境を理解して助っ人に現れた利馬委という人物は頼もしく見えた。

「レイちゃんとはどういう関係で?」すかさずユウジが訊いた。

「婚約者です」「いえいえ、とりあえずのお友達ですのよ」

「え、婚約者?」ユウジの顔色がさあっと青ざめるのが手に取るようにわかった。「そんな……レイちゃん」

「とにかく次のレース、中山のスプリングステークスはどうしようか?」サエコが唇をかんで訴えた。

「もちろん、行きましょう。狂骨先生の弱点は見極めましたよ。大丈夫、勝負しましょう!」利馬委は爽やかな笑顔で断言した。

「このまま尻尾を巻いて帰れるかよ。いきましょうよ!」ケンタロウも同意した。

「いや、でもまた50万負けないと勝ち馬が視えないんじゃ?」ユウジが口を挟む。

「たった今、自分の分50万単勝で負けたし……合計で100万負けたんだし」

確かに4人分割で阪神大賞典を50万分買って、全て消えたばかりだ。

「あ、そうか。じゃあ、次の勝利馬は?」

「ヨシ、視えた! 勝ち馬はルメールのシックスペンス! 2着まで視えたぞ。横山和夫のアレグロブリランテだ~~」

「じゃあ一か八か、馬単4→7に有り金勝負!!」

 締め切りぎりぎりで100万円近い馬券を購入した。そして5人は作戦会議を開いた。とにかく時間がない。スタートが迫っているのだ。要点だけを利馬委は的確に伝えた。

「いいですか、あの小説家の先生はとてつもない言霊を持っています。長年書き連ねてきた妖怪百鬼を自分の手のうちに収めています。しかし、それはあくまでもマヤカシに過ぎません。それに気づかず魅入られてしまうと、罠にはまってしまうんです。見なければいいんですよ。そうすれば昼行燈と同じこと。何の役にも立ちません。わたしも見なくて済むように、奴らの存在感を弱める技を放ちます。その隙に皆さんはコレまで以上の持ち技を繰り出してください。いいですか、百鬼の妖怪が出てきた時が勝負ですよ!」

「なるほどね。右から来たものを左に受け流して、さらに手下の妖怪どもを完全無視すればいいのね……でも、あなたは何故そんなに?」サエコは感心しながらも利馬委に訊いた。

「蛇の道は蛇ですよ。わたしは家の神道の教えを深く探求した結果、世の中の仕組みをほんの少し理解しただけです」

「頼もしいですわ。利馬委さん」レイの瞳はハートの形になっていた。

「くっ……悔しいが今は従うとしよう」ユウジの瞳には炎がメラメラと燃えていた。

「よし、それじゃ、行くぞ!!」「おお~~」

ケンタロウの掛け声にみんなが一斉に雄叫びを上げた。

「ぐぬぬぬ~~何やら助っ人が現れおって、不穏な動きを始めたようだが……わたしの百鬼妖怪にかなうとでも思ってるいるのか? フフフ、無駄なあがきだと言っているだろう。馬鹿めが!!」

 数メートル離れたところで様子を見ていた狂骨はほくそ笑んでいた。


「スタートしました。まず先頭に立ったのは7番アレグロブリランテ、9番コスモブッドレアに4番シックスペンスが続きます」

 そのままの体制で中間900メートルまで進んだ。

「ユウジ、9番よ!」サエコが叫ぶ。

「ガッテンでさ」

 先頭は変わらず7番アレグロブリランテだったが、その馬は2着に入らなければならない。だから、引きずり下ろすのは2番手を走る9番コスモブッドレアの方だ。

 すると、すかさず狂骨が邪念を放った。間髪を入れずに4人は右から左にそれを受け流した。

そしてすぐさま、おどろおどろしい妖怪どもが姿を現した。

「ヒャッキヒルアンドンタチヨオマンラスミヤカニキエサレエエ~~」利馬委は強力な思念を放った。

 ユウジの放った9番コスモブッドレアを引きずり下ろす邪念はなかなか効き目が表れなかった。受け流したとはいえ、やはり狂骨の想念はすさまじいものがあった。

 そして妖怪どもが4人にまとわりついた。だが、それを見ないように、感じないように全感覚を集中させた。気持ち悪い、ねばねばするなどといった感覚を、自らの意思で凍結させたのだった。



 続く



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