第36話

「異能馬券師ケンタロウ!」 36


第4章 百鬼昼行燈


(6) 


 あくる朝、手続きを終えてケンタロウははれて退院することが出来た。

サエコたちが迎えに来て、そのままS競馬場へと向かった。本人のたっての希望による強行スケジュールだ。だが、寝不足のせいか、目の周りには青いクマが出来ていた。

「……皮手袋の小説家は、みんなに対して邪悪な波動を放った、ということであってるよね?」アカケンカーの中でケンタロウは昨夜、病室で思い付いたことを確かめるためにまず口を開いた。

「ああ、とてつもない圧を感じたからな、間違いないよ」ユウジは運転しながら答えた。

「じゃあさ、なんで狙った馬が急に脱落したり、斜行したりしたんだ? 邪悪な思念がみんなの方向へと向いているのに、それってなんかおかしくないか?」

「どういうこと?」サエコは首をかしげた。

「なにか変なのでしょうか……でございます」

「こちらが放った祈りや防御の技が、そいつのせいで破られたとしても、狙い馬が直接影響を受けることはないと思うんだよ」

「あ! そういうことか」ユウジは思わずハンドルを話して手を叩いた。斜行するクルマをあわてて立て直した。「なるほど、ヤツはこちらの技を阻止するだけじゃなく、同時に競走馬へのダメ出しという邪念も放ったという訳か?」

「ということになるよな。とはいえ、ただでさえ強力な3人の念を朝和え込んで、同時にそんなことが出来るだろうか? たった一人のオヤジに……」

「じゃあ……あいつが放ったアレは?」

「おそらくだけどヤツはたぶん、こちらが放った祈りの技を鏡のように反射させて、しかも、まさしく鏡のごとく反転させた上でそれを馬に放射しているんだよ」

「うわああ。何という汚い方法でございますこと」

「だからね、ヤツが今日、のこのこと現れたらその時……(ひそひそ)」

「あ~なるほど。さすがあたしが見込んだ異能戦士!」

 4人は自信に満ちた表情でいざ、S競馬場へと向かった。

 今日は3歳オープンのスプリングステークスと阪神大賞典、東西でG2の重賞が組まれていた。当然ながら、この2つのレースに狙いを付けた。

 

利馬委は親の家業である三笠江連権現大社での堅苦しい儀礼にのっとった、様々な業務をこなすことが苦痛であった。兄の太郎が宮司を継ぐことは決まっていたし、さほど責任を負う訳ではない気楽な立場であったが、父親の一郎がまだ健在であり兄は最近ずいぶんと態度が太くなってきていて利馬委に対する圧が強まってきていた。それが利馬委を辟易とさせていたのだ。

むしろ利馬委が家を引き継いだ方が、能力的にも最適だと思われていた節もあった。だが、それは古来よりの忌み事、お家騒動の火種となりかねない。賢明な父の一郎は、それを避けるために大札東照金毘羅神宮との縁組を企てたのだ。

 うまくことが進めばまあ、この家にとっては万々歳と言えるだろう。それよりも何よりも、利馬委はあの娘、レイにぞっこんとなってしまったのだった。あれから毎日彼女のことばかり考えていたために、家の仕事など身が入るはずがなかったのだ。

(この前は失態を見せてしまったが……まだまだ挽回の余地はあるはず。ああ会いたい。会いたいよ~~レイさ~~ん)

 うわの空でいるそんな利馬委にメールが届いた。

「あ、レイさんからだ!!」

 利馬委の心臓は爆発寸前のように鼓動した。


 午前中のレースは様子見や練習試合として少ない金額で勝負した。ケンタロウは負ける金額は50万でいいと言い出した。この前の事故でパワーアップしたらしい。

 午後の7レース辺りから狂骨季彦が現れた。

「フフフ愚か者どもが。また性懲りもなくのこのこと現れたな」

「それはこっちのセリフだ。名無しオヤジ!」

「うるさい。いちおう名乗っとくわ。わたしの名は狂骨季彦、大小説家である」

 そんな言葉には目もくれず、ケンタロウたちは作戦のおさらいをひそひそと語り出した。

「お前ら、不適切だろうが!」

 ケンタロウは無事、50万円の軍資金を溶かし切った。



   続く





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