第32話
「異能馬券師ケンタロウ!」 32
第4章 百鬼昼行燈
(2)
「まずはお友達から始めてみてはいかがでしょう?」
「ええ~~? 結婚してくれないの~~」
「まあまあ、まだお互いをよく知らない訳だし、友達からでいいじゃないか。あんまり駄々をこねると嫌われるぞ」
「おほほほ。情熱的な息子様ですわね」
「私はこう見えても訪れたチャンスは絶対に逃さないタイプなんです。でも分かりました。まずはお友達からお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。何か困ったことや、心配事などがありましたなら遠慮なく、何なりとおっしゃって下さい。あなたのためならたとえ火の中、水の中、どこまでもお助けいたします」
先ほどまでの泣き喚く姿からは一変、レイに跪いて慇懃に申し出た。
レイは初めて会ったこの男に不信感を持ったが、印象はガラリと変わった。何かたくらんでいるのか、あるいはふざけているのかとも感じたが、彼のきれいな眼は信じて良いような気にさせた。
「お願いします」彼の手を取って答えた。胸にときめきを覚えた瞬間だった。
この時から彼とレイは不思議な絆で結ばれることとなる……。
『明るく健全な未来作りの会』のピンク事務所では朝礼が行われていた。
「今日は昨日の連絡通り大雪で困ってるお宅へ訪問。各自准部はいいかい? 屋根の雪降ろしと除雪、みんなでやるわよ!」
「は~いい」「ふあ~い」「オッス」
「元気ないよ!!もう一回、返事は?」
「ハイッ!!」
会社事務所の周辺は田畑に囲まれた農家ばかりだった。住んでいるのはだいたい70~80代のお年寄りばかりだ。少しでも地域の皆さまのお役に立ち、徳を積もうという戦法だった。
徳というものは馬鹿にならない。人間には運勢というモノがつきまとう。善い行いを積めばその分好ましい結果が訪れる。その逆はもちろん悪いことが待ち受ける。運の総量を少しでも多く掴み取ろうという考えだ。そのためには率先して良い行いを数多く溜めること。
その結果はテキメンだ。彼らの特殊な能力をさらに高めるには必須項目であった。
だからアカケン会においては、競馬勝負は土日だけと決まっている。平日に行われている地方競馬には一切手を出さない。積み立てた徳を温存しなければならない。日頃は資金作りとボランティア活動を交互に行っている。
「レイちゃん、お父さんは大丈夫?」除雪作業をしながらサエコが訊いた。
「ええピンピンしておいでですわ。ちょっと立ち眩みした程度のことを、なんとも大げさに」
「そう、それなら良かった」サエコは心からほっとしたように微笑んだ。
「ご心配おかけして、本当にごめんなさい」レイもまたサエコの表情を見て安心した。
「良かったなあレイちゃん。それにしても人騒がせな父ちゃんだよな」ユウジが絡んでくる。
「ちょっと、手が止まってるじゃないのアンタ!!」
「休憩はまだでございますのよ」
「うへへえ~」
ケンタロウは勾配のある屋根の上で、厚くかたまった雪をスコップで降ろしていた。危険な役目だったが、巨体のユウジには無理との判断でケンタロウが名乗り出たのだ。
「お~~い。そっちは楽しそうだな」茶化すように屋根の上から言った。
その時だ、ケンタロウの足元が滑った。
「うわああああ~~」
悲鳴とともに滑り落ち、地面にたたきつけられた。さらにその体の上に落雪が降り注いだ。
ほんの一瞬の出来事だった。
「おい、おお~~いケンタロウ~~」
3人は雪の山を必死で掘り起こした。
やがてぐったりとしたケンタロウの姿が見えてきた。
「おい。大丈夫か!!」「ケンタロウさん!!」「しっかり!!」
「う、ううう……」
呻き声を発するものの、その体はピクリともしなかった。
続く
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