第30話

「異能馬券師ケンタロウ!」 30


第3章 進撃の虚人たち


(10) 


 フェブラリーステークスの次の日は、2月とはとても思えない陽気に包まれた。日中の気温は10度を超えていた。この時期のH道においては記録的な温かさだ。

土日を稼働としたため、今日は会社を休みにしていた。日当たりのよい喫茶店の窓際の席で、サエコは軽食を食べたあと、うとうとしていた。昨夜は打ち上げと称して大いに飲んで騒いだ。そのツケが今頃になって襲い掛かってきたようだ。

「待たせたな」ぶっきらぼうな声に起こされた。

東泉だった。向かいの席に座ると、すかさず煙草に火をつけた。

「用意できたのか? 今月分」サエコを睨みつけるように言った。

「はい、これ」サエコは包みを差し出した。

「ほほう。頑張ったね」中身をざっと確かめながら言った。

「しかしさあ、こんな苦労しなくとも……あの土地を手放せば、あっという間に解放されるのに……」

「それは死んでもできない。絶対にあんたには渡さないから」

「はっはっは。それならいいさ。せいぜい頑張って残金を払ってくださいよ、金利分も忘れずにね」

「言われなくとも!」サエコはレシートを握りしめて立ちあがった。

「それじゃ」

「ずいぶんと稼いでるみたいじゃないか女ギャンブラーさん。今度教えてよ。指南料ははずむよ」

「アハハハ。素人のお遊びですから。おかまいなく」さらりと躱して店を出ていった。

「くっ……今に見ておれ。このままじゃ済まさん」

 東泉は暗い視線をサエコの背中に投げつけた。


 昨日の勝負の後には特別ボーナスが配られた。ケンタロウの100万負けも今回はおとがめなしだった。久しぶりに懐があたたまったケンタロウとユウジは、共に街に繰り出していた。

 午前中はパチンコやスロットに挑戦したのだが、二人ともしこたまやられた。持ち前の技や祈りは全くもって遊技機には通用しなかった。

昼は焼肉食べ放題の店に入った。これでもかと競争しながら二人は皿を積み上げた。

「はあ~もう駄目だ。もう食えねえ~」日本昔話風の山盛りライスを食べきって二人は同時にギブアップした。

「このあとは?」ケンタロウがきいた。

「ちょっと付き合ってくれよ」

「どこに行く?」

「まずは買い物」

 ユウジは文房具店から洋服店、おもちゃ屋を次々と梯子した。これでもかと両手に荷物を抱えて、二人はとある場所へと向かった。


 そこは身寄りのない児童を預かる施設だった。

「やあ留美姉ちゃん久しぶり。元気だったかい?」

「あれまあ~ユウジ君!!よく来たわね、さあ、どうぞ上がって」

「これ、みんなに」荷物を全て押し付けるように渡した。

 子供たちがわっと集まり、喜びの声をあげた。「ありがとうユウジ兄ちゃん!!」

「じゃあオレはこれで」

「え? ちょっと、待ってユウジ君」

「また来るから、じゃあね~」

 ユウジはあっけなく立ち去った。

 ケンタロウは一部始終を見ていた。

「……どうだ、もう一軒付き合えよ。おれがおごるわ」ケンタロウはユウジの背中を叩いた。


 二人で乾杯した後、ケンタロウがふとつぶやいた。

「本当に俺たちの力が競馬の結果に影響を与えてるんだろうか? どうも信じられない気もする」

「そんなことは誰にもわからないさ。世の中なんて全部嘘、虚構の世界なのかもしれないし」

「そうかもな……」

「ただ言えるのは、誰にとっても信じたこと、それだけは真実だ……と言えるんじゃないのかな」

「そうだな。みんな嘘の中の虚人なんだよな……たぶん、きっと」

 二人はもう一度乾杯した。

 夜は静かに暮れていった。



    続く



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