第29話

「異能馬券師ケンタロウ!」 29


第3章 進撃の虚人たち


(9) 


 下働きの見習い期間を過ごした後、各競馬場の地下にあると噂されるブラックJRAのトレーニングルームへと連れていかれた。そこにはありとあらゆる肉体改造の設備が整っていた。一つ間違えれば命を落としかねない、危険なマシンも多くあった。東寺男はそこで必死にトレーニングを重ねた。初めは30人ほどの仲間がいたが、次々と脱落してゆき、3年後に残ったのは彼一人だった。

 血のにじむような忍耐と努力の結果、彼はすさまじい邪念を発する特殊な能力を会得した。それからは次々とブラックな仕事をこなし信頼を得、実績を積んでいった。

 ある時、有馬毛総務次長(当時)から彼に長期休暇が与えられた。

 彼は秘かな目的をもってその期間を過ごすことにした。

 かつて自分をとことん陥れたあの赤坂の消息を調べあげた。1週間かけてとうとう居所を突き止めた。日当たりの悪い、古くて狭いアパートの一室にドアをけ破って踏み込んだ。

「やあ、久しぶり。お元気でしたか?」満面の笑みで声を掛けた。

赤坂は震えあがった。

「ああ、あの時は悪かった……ほんの出来ごころだったんだ。ほら、ウケ狙いでさ」

「ウケ狙いで、オレを……それはありがとう」

「いや違う、その、なんていうか……みんなで賭けたんだ。これであんたが会社を辞めるかどうか……まさか、あんな大ごとになるなんて、思っても」

「邪炎紅蓮波~~!!」寺男が両手を赤坂に向けてそう唱えると、見る見るうちに赤坂は苦しみだした。

「う、ぐ、ぐぐぐ……助け……て」喉が焼けるような苦しみだった。文字通り血反吐を吐いた。

「命までは獲らないさ。しかし今お前に植え付けた邪念は、一生お前を苦しませるに足るものだ。しっかり受け止めろ!」

「うぎゃあああ……」

 こうして復讐を果たした寺男だったが、ふと部屋の隅を見ると3歳くらいの男の子が怯えてこちらを見ていた。

「ううう。うわあああ」火が付いたように泣き喚いた。

「……お前の子か?」寺男が訪ねると赤坂は涙ながらにうなずいた。子供が彼に駆け寄って抱きついた。

「なんなんだよ。それってさ……もういいわ。邪念解放導波!!」

赤坂の苦しみはあっという間に消え去った。「あ、ううう」赤坂は頭を下げた。

 寺男は部屋を後にした。

それから10年を超えるブラックJRAでの活動により、ようやく課長補佐にまで昇進することが出来た。


「それが、その苦労が……このザマだ。有馬毛事務総長の顔に泥を塗ってしまった……もう何もかも終わりだ」

 しばらくうなだれたままの東寺男だったがようやく立ち上がり、よろよろと重い足取りで去っていった。

 4人と10忍の歓喜の声はいつまでも場内に響いていた。

 ケンタロウはすっかり邪念のオーラが消え去り、さらに小さく見える男の背中を見つめていた。


ドルモゲイツ長官とアルマゲドラー事務総長は、見下ろすように彼の前に立ちふさがった。

「申し訳ございません。まんまと奴らにしてやられました。お詫びの言葉もございません。かくなる上は……どのような処分も覚悟いたしております」

 ヒッテラーこと東寺男は深々と頭を下げた。その声は震えていた。

「ううむ。期待しておったのに」事務総長が腕組みをしながらつぶやいた。「画なる上は……」

 長官が遮るように声を掛けた。。

「ふむ。よく頑張った。勝負は時の運だよ。また鍛え直して次に勝てばいい。さあ、頭をあげなさい」寺男に優しく手を差し伸べた。

「今日は残念会と行こうじゃないか、なあアルマゲ君」

「は、はい!!」

 寺男はその時、生まれて初めて声をあげて泣いた。

 


  続く



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