第28話

「異能馬券師ケンタロウ!」 28


第3章 進撃の虚人たち


(8) 


 東寺男は橋の下に捨てられていた。昭和の終わり頃のことだ。

小さなかごの中に入れられて泣き叫んでいたところを保護された。それからはずっと養護施設で暮らした。母親かららしき手紙には、名前だけが書かれていた。もしかするとお寺に関係する家系なのかもしれないが、なぜ寺男と名付けられたのかは誰も知る由もなかった。

 生まれつき体も小さく人見知りする性格の故、施設内でも学校でもイジメの対象となった。

 友達はいなかった。女の子たちにも蔑まれていた。そんな人生が嫌で嫌でたまらなかったし、何もかもがつまらなく無駄に感じ、いつ死んでもいいとさえ思うようになっていた。というよりも、生きているのか死んでいるのかさえも分からなくなりつつあった。

そんな彼でも地元高校を無事卒業し、社会に出て人並みに働き自立することが出来たのは、施設の職員である歳若い、若地留美への淡い恋心によるものだった。彼女は寺男をいつも励まし、応援してくれた唯一の異性だった。

 ある日、寺男が勤める工場で仲間の一人が更衣室で叫んだ。

「ない、ない、俺の財布!!」隣のロッカーには寺男が着替えていた。

「お前、盗んだな!!出せ。家賃と生活費が入ってんだ」

「ええ? いや俺じゃないよ」

「しらっばっくれんな。お前しかしねえだろうが!」

 その場で取っ組み合いになった。

なんだなんだ、どうしたと周囲の人々が集まり、大騒ぎとなった。とり囲む者たちを尻目に問題の財布をこっそりと寺男のロッカーの中へ投げ入れる奴がいた。寺男をいつも下に見て、あざけ笑うような態度を取っていた赤坂根市という男だ。

「俺が盗んだという証拠があるのか?」寺男がそう言うと赤坂は「じゃあ、ロッカーの中を見せてみろ。なにも無かったなら謝る。どうだ?」

「ああ、わかった。存分に調べてみろ」寺男は言い放った。

ロッカーの中を見ると、そこには問題の財布があった。

「あったぞ、これだ。これは一体なんなんだよ!」

「ない、中身がないぞ。てめえ~抜き取ったな」

「え? 知らないよ。そんなの見たこともない」

「嘘つけ~この野郎!!」

 寺男は殴る蹴るの暴行を受けた。後で分かったことだったが、財布を盗まれたと騒いだヤツと赤坂は共犯だった。

 警察には何を言っても無駄だった。覚えのない前歴まででっち上げられ実刑を食らい、1年間刑務所で暮らした。

 出所した寺男には住むところも勤める先もなかった。途方に暮れた寺男は、施設で今も働く留美に会いに行った。

だが、そこで見たものは彼を失意のどん底へと突き落とした。施設で一番彼をイジメ抜いた一つ上の男がたまたまやって来ていたのだ。そして盗み見た光景は、留美とその男が裸で抱き合う姿だった。

「もうういい。こんな人生……俺なんて生きてるだけ無駄だ」

 寺男は大きな交差点をぐるりと囲む歩道橋の上にいた。下を走るクルマの通りは激しい。

 寺男の周囲には負のオーラが漂っていた。ふと、鉄柵の上に足を掛け身を乗り出した。

 その時だ。声を掛ける中年の男がいた。

「おい何してんだ。そんなことしたら、いろんな賠償金が家族に請求されるぞ。やめとけ!」

「は? 家族なんてもんはいない」そのまま飛び降りようとする寺男を男ははがい締めにした。

「いいから馬鹿なことはやめい!!」

 飛び降りを阻止された寺男は叫んだ。「なんで、なんで死なせてくれないんだ~~」

 それから寺男はブリッジの体形で、はがい締めした男を跳ね飛ばした。

「おお? なかなかやるな。お前、死ぬくらいなら、うちで働け。もっと鍛えてやるぞ」

 男は有馬毛道羅という名前だった。ブラックJRA総務課長の名刺を差し出してきた。

「ブラックJRA?」

「そうだ。世間には秘密の組織だ。選ばれし者にしか勤まらない仕事だ。やりがいがあるぞ」

 寺男はその日から彼の元、死に物狂いで働いた。トイレ掃除、ゴミ出し、洗濯、所かまわずピカピカになるまで磨いた。



  続く



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