第20話
「異能馬券師ケンタロウ!」 20
第2章 初めての一歩
(10)
「今日は……その……これで……もう」
「何の話かな? 君から申し出たことじゃなかったのかな」
「ええそれは……もちろん……そう……なんだけど」
「じゃあ、いいじゃないか。お互いビジネスなんだから」
「ええ……ですけど」
S駅近くの○○ホテルの一室、スイートルームだった。
サエコはいつもとは違う黒を基調とした装いだった。恰幅の良い中年の男と二人だ。
「いいから、さっさとこっちへおいで。シャワーはもう済ませたんだろう?」しびれを切らした男がサエコに抱きついた。思い切りその手を払いのけてサエコは部屋の隅へと逃げた。
「どうした……もしかしたら、返済の算段でもついたのか?」訝しげにサエコを睨む。
「いや、それはまだだけど……」
「だったら……投資した3億の金利分をいつもの通り……」
「これからは金利も含めて、きちんと返済します。なるべく短い期間で」
「ほう、そんなことが可能なのか。いつまでに?」
「一年よ。一年以内に」
「馬鹿言うなよ。例え金利なしでも月2500万だぞ。それで、今日はいくら払うんだ」
サエコは帯が付いた100万円の束をひとつ差し出した。
「はあ~~たったこれだけ? 金利分にもならんぞ」
「すみません。東泉さん。今月はなんとかこれでお願いします、来月からはきっと……だから!」
男はサエコを平手打ちした。
「ううう」サエコはその場にうずくまった。
「先代のよしみで用立てた大金だ……分かっているだろう。しかし……わたしだって鬼じゃない。なあ、妻とは手を切れそうなんだ。そのあと正式な妻に迎えてもいいと考えているんだよ。悪いことは言わない……無理することもない」男はかがみこんでサエコの頬を撫でようとした。頬を押さえていたサエコはスキを見て素早く立ち上り、男の股間を思い切り蹴り上げた。
「ひいいいい~~なにをする~~」
男の叫び声を背中にサエコはそのまま部屋を飛び出した。
「すみません~~来月必ず2500万払います~~」
「絶対だぞ!!」
肩で息をしながらサエコはようやくエレベーターに乗り込んだ。
次の朝は2月17日の土曜日だった。
サエコはピンク色のお花畑スーツを着込んでいた。集まった3人に訓示を述べた。
「これまでみんなよくぞ、ついてきてくれた。あたしの至らないところも数知れずあったかと思う。いかし、いよいよ決戦の時は来たのだ。いざ尋常に勝負だ。皇国の荒廃、この一戦にあり。本日、天気晴朗なれども波高~し!!」
いつものヤツで締めた。
「おおお~~!!」4人は一斉にトキの声を上げた。
ケンタロウだけが気付いていた。サエコの表情がどこか暗くて寂しげであることを。もしかしたら彼女は、この勝負に敗れたら……なにか悲壮な覚悟をしているのではないだろうか?
もちろん、それを直接聞くことなどできない。そんなことをしたら大きく水を差すことになるだろう……ただただサエコの力になりたいと思うばかりだった。
もちろん、自分だって少しも減らない借金をなんとかしたいと強く願っている。悲壮な立場であることは同じだ。
それはユウジやレイだって似たようなものだろう。だから厳しい修業にも、日々のきつい肉体労働にも今日まで耐えてきたのだ。
いざ、JRAへ!
本当の意味での4人の初めての一歩がスタートした。
続く
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