第15話

「異能馬券師ケンタロウ!」 15


第2章 初めての一歩


(5) 


 アルバデルンでの修行も早くもひと月が経とうとしていた。

 連日30分単位で10時から5時まで用意された各カリキュラムは、きついながらもなんとかこなせるほどに各自レベルアップしていた。

取り立てて特殊な訓練などはなかった。体力、知力、集中力、瞬発力、持久力、異能力、それぞれをただ反復練習するだけ、繰り返すだけであった。しかしそれによって確実に4人のそれぞれの感覚は、どんどんと研ぎ澄まされていた。

井上尚弥も言っている。

自分の基本練習方法とはシャドウボクシングを徹底的に、ただひたすら死ぬ気でやるだけなんだと……。

これが意味することは実に深い。シャドウボクシングはだれしも大事だとは思うだろうけども、それだけを必死に、文字通り死ぬ気でやるという意気込みの者は少ない。

1万時間の法則という言葉がある。どんなに苦手なことでもひたすら心を込めて1万時間修練すれば、誰でもプロ級の力を発揮できるようになるという。

 まだまだ4人の修練の時間は少ない。あまりにも少なすぎる。魔法を使えるわけでも、超能力を発揮できるようになった訳でもない。ほんの少し特殊能力がレベルアップしたというだけに過ぎない。それでも、ここへ来る前の自分たちと比べたら、はるかに成長しているのだ。

世の中の成功者というのは反復練習の真の偉大さに気づいた者だけがそれを経験し、成長の過程を味わい、信念で掴み取ったというものなのかも知れない。


 その日の修練の終わりに蘭さんは教壇に立ち、4人の前で言った。

「ふむ。思ったよりは根性を見せてくれましたね。逃げ出さずによくここまでついてこれました。何ごとも一朝一夕に成すものなどこの世にはありません。繰り返し繰り返し、鍛錬を続けるしか成功の道はないのですよ。そうしたなら必ず、成果は現れるものなのです。どんなにくだらないと思うことであっても、繰り返し繰り返し反復することによって、かなりの確率で願ったことは実現するのです。それはどんな世界であっても、どんな人にとっても同じこと。ただひたすら繰り返すこと。心を込めて反復すること。これ以上に大切なことはないのですよ」

 

 蘭先生のありがたいお言葉は百も承知だった。皆うなずいてはいた。

だがいったい、あの岩はどうすれば割れる?

 問題はそこだ。

「先生、じゃああの岩もいつかは割れるんですか?」

「それはやってみなければ、誰にもわからないことじゃ!」

「じゃじゃじゃっ」 


4人の不満は爆発寸前だった。

「素手と馬券でこの岩を割れといったよな。確かに外れ馬券にはその金額分の祈りと怨念が込められているに違いない。この2メートルほどもある巨岩を割るにはこの外れ馬券が手掛かりになるのだろうか?」

 ユウジは過去に外れた馬券を捨てずにとっておく習性があったから、この日は大量の外れ馬券を用意していた。

「あたたたたた~~」ケンタロウはユウジの外れ馬券を手当たり次第に岩へと放り投げた。

「岩よ割れろ、割れたまえ! えいやあ!!」

 全く歯が立たなかった。当たり前であった。

しかし、この頑健な岩を素手で割れとは……いくらなんでも現実離れしている。いったいどうすればよいのか。

4人は途方に暮れるばかりだった。


「アレができないからと言っていつまでもあそこに厄介になってもいられないぞ。弊社の財源が尽きるのが先か、岩が割れるのが先か……もうどっちにしても後戻りはできないし」

「社長~~!?」

「ふむ。あの岩のことを調べてみようか。各自頼む! あたしは美容に悪いからこれで失礼するよ」

「あ、えっと……」

 サエコは真っ先にアカケンカーを降りると手を振って事務所に消えた。アチコチがへこんだままのクルマは発進した。

「どーすんの? これから俺たち」

 ケンタロウとユウジとレイはクルマの中で無言になった。夜は更けていった。



 続く


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