第10話

第1章 たくらみの夕暮れ


(10)


「そういえばわたしも『明るく健全な未来づくりの会』ていう社名にはちょっと違和感を感じておりましたの。まあだからといって別にどーでもいいような気もしてましたわ」

レイが祈りをささげるように両手を合わせた。彼女はかなかの酒豪で、すでにジョッキを5杯平らげていた。

「本当の目的とは?」ユウジは日本酒に移行して舐めるように飲んでいた。

「ふむ。今の日本ってばさ、ずう~~っと不景気だよね。不景気なときほどギャンブル業界はなぜか活気づく。浅はかな人間の常でさ。そうして給料はちっとも上がらないというのにギャンブル、とりわけ地方中央問わず、競馬の売り上げは物凄く伸びてるのよ。だから華やかな中央競馬の騎手たちがどんどんもてはやされてる。そんな中で夜逃げしたり、心中したり、不幸の影も右肩上がりに増えているのよ」

「それは仕方のないことなんじゃないの? 小遣いの範囲で遊べばいいことだし……自己責任の範疇じゃ」ユウジの言葉をサエコはさえぎった。

「うるさい! そんな生易しいことじゃないのよ! 自殺者の数は年々うなぎ上りよ。死因の上位が自殺。そしてその多くが金銭的トラブル。だいたいがギャンブルに関係してる」

「じゃあ、社長が考える明るく健全な未来とは?」ケンタロウは身を乗り出して訊いた。

「JRAをぶっ潰すことよ」

「え、ええ~?」思わずのけぞりそうになった。4人の顔つきがが一瞬で真剣な眼差しへと変わった。「そんなこと?」

「もしも、もしもの話よ、これからあたしたちが究極まで能力を極めて、およそ100%に近い競馬の結果を導き出せるとしたら、どうなると思う?」

「そんなことが可能になったら初めは儲かるだろうけど、最後は全部元返し、ギャンブルとして成り立たなくなるよ、て、まさか……それを?」

「それよ。だからといって競馬そのものを潰しやしないよ。あくまでもギャンブルの部分、馬券の意味を壊してやるんだよ」

 一同が静まり返った。まさかそんなことを考えていたとは……おそるべきサエコの野望……。みな押し黙った。沈黙がしばらく続いたあと、サエコが口を開いた。

「あ、ところでみんないくら稼いだの? 今日のホープフルステークス」

「はい、わたしは50万円勝負で3.1倍だから155万払い戻しの105万円プラスですう~」

「すげ~~レイちゃんさすが~~」拍手が沸き起こった。

「わしは30万がやっとで93万戻しの63万の勝利! いえ~い」ユウジが両手を突き上げる

「えっと、俺は45万勝負の払い戻しが139万5千円、94万5千円のプラスだ」ケンタロウは胸をなでおろすしぐさを見せた。

「よくやったぞケンタロウ。じゃあ100万は会社の金だから没収な」有無も言わせずサエコは札束をひったくった。

「え、ええ~~そりゃないよ~」

「当たり前だろうが」

「とほほ……」

「で、社長はいったいいくら?」

「ふむ。紙馬券は20万までと決めてるから62万の払い戻しで42万円の儲けだな」

「あれほど危険を犯しながら、体力も使い果たしたというのに……それだけ?」

「ん~~悪い、これとは他に社運を賭けた大勝負もしてたんだよ。ネット購入で会社の有り金全ツ、2000万ちょい賭けたから4000万ほどプラスになったよ」

「え? えええ~~? だったら100万についてはどうかお見逃しを」

「わしのアノ100万円につきましても……どうか、お願えします~~」

「それは全く別の話」

サエコはぴしゃりと遮って焼けた霜降り牛肉を旨そうにパクついた。

「ひどい~~」


 ホープフルステークスが終わり今年の仕事納めとなったS競馬場幹部室内では、不穏な空気が渦巻いていた。レース中の場内映像を見つめる中年の男がいた。

「なんだ、これは。この娘の花踊りとはいったい何なのだ? まんまとやられておるではないか。これはもはや看過することはできんぞ!」

「はい、ですが、お言葉ですがもう少しだけ様子を見てはいただけませんでしょうか?」

「それで何かが変わるというのかね、アルマゲドラー事務総長」

「わたしが必ずや阻止してみせます。ドルモゲイツ長官……」

「ふむ……この世界で一番恐ろしいのは、AI技術でも突出した数学者でもない。オカルトなのだ。そしてそれを心の底から信じる馬鹿どもなのだよ。こいつらには……際限がない、限度というものを知らない。その芽は早いうちに摘み取るに限る。まだつぼみのうちにな。いいか、絶対に阻止せよ!さもなくばお前の首もこれだ」ドルモゲイツは水平にした手で首を切るしぐさを見せた。

「は、ははあ~~」平伏するアルマゲドラーだった。

(今に見てろよ……思い知らせてやる……)

 怪しげな動きが『明るく健全な未来作りの会』に忍び寄ろうとしていた……。



  続く

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