第9話

第1章 たくらみの夕暮れ


(9)


16頭の枠入りが終わり各馬一斉にスタートした。それぞれがけん制し合うようなカタチで出を伺う中、ハナを切ったのは2番戸崎が乗る5人気ヴェロキラプトルだった。

大歓声が場内にあふれた。

1000メートル通過時点でタイムはちょうど1分、2000メートルの距離では逃げ残りも充分あり得るペースだ。対してルメールの1人気13番レガレイラはまだ最後方から3頭目にいた。

「ヨシ、ユウジ、出番だ」

「まかしとき!! あ~だ~も~す~て~」ユウジまるで忍者のように両手を合わせて人差し指を立てながら、謎の呪文を唱え始めた。見たことのない真剣な顔つきだった。

 4コーナーを抜けた時点で呪いが効いたのだろうか、ヴェロキラトプルがの足色が鈍った。代わりに先頭に立ったのは6番2人気のシンエンペラーだ。ルメールのレガレイラはようやくするすると大外を動き始めた。

「レイ!!」

「はい」レイは眼を閉じ、両手を握りしめて祈りをささげた。

「おい、やべえ~ルメール~とどくのか~」

「最後の締めはこのアタシ」サエコは上着を脱いだ。やはりピンクを基調としたド派手な花模様のスーツを着込んでいた。

「花畑の演舞、パワーオブフラワ~~!!」叫びながらくるくると回り、踊り始めた。

「え? 何それ」気のせいなのか、サエコの周りにはたくさんの花が待って見えた。

「邪念を阻止する社長の必殺技、炸裂~~!!」ユウジはうっとりとそれを眺めている。

 レイは頬を赤く染めて一心に祈っている。

 レガレイラはそれと呼吸を合わせたかのように物凄い末脚でシンエンペラーを捕まえた。残り50メートルあるかないかだった。

「いっけええ~~」4人の声がこだました。

 みごとに抜き去り、レガレイラはそのまま1馬身差をつけてゴール板を駆け抜けた。

「やったあ~~~」みんな肩で息をしている。相当な集中力を費やしたのは明白だった。

「バンザイ、万歳、ばんざ~~い」

人目もはばからずにユウジとケンタロウは泣き出した。

「さあ、換金したらすぐに移動だぞ。大忘年会&祝勝会&歓迎会の開始だあ!!」

サエコの目にも光るモノがあった。


「かんぱーい!!」

「お疲れちゃーん」

 競馬場からクルマで5分ほどの焼き肉屋で4人は祝杯をあげた。赤く染まっていた西の空がようやく闇に包まれようとしていた。

「社長、あの最後の技は、いったい?」ケンタロウはどうしても訊かずにいられなかった。2杯目のジョッキを開けた時だ。サエコはオレンジジュースを舐めるように飲んでいた。

「企業秘密だよ」口に人差し指を当てて言った。

「あたしたちがやったような呪いや祈りっていうのは多かれ少なかれ、誰もが心の中で念じているからね。その思いが一人一人はごくごく弱くても、日本中の人たちの想いが合わさればとてつもない邪念になるのよ。だから修行を積んでも成功率は絞られてしまう。あたしはお花のチカラを集結させて、来るな、負けろっていうような全国規模の邪念を打ち払う能力があるのよ。これも絶対じゃないけどね」

「へえ~~それでお花畑に……」ケンタロウはジロジロとサエコの服装に目をやる。

「ちょ、ナニ見てんのよ。これはあたしの趣味だから」

「ふ~ん」ケンタロウはにやけた顔をした。

「えっち! 違うから!」サエコはケンタロウの顔を平手打ちした。

「痛ったあ~なんのことだよ」

「今、パンツも花柄なのかっておもったでしょ」

「あいや……そんなこと。あれ……でもなんで競馬以外の思考が見えてるんだ?」

「あ……違う、違うから」サエコが顔を赤くした。

「え? どういうこと」ユウジとレイが二人を見た。

「あ~オホン。とにかくこれで目途がついたわ。いよいよ明るく健全な未来作りをおっぱじめるわよ!」

「え?」

 サエコはたくらみを話し始めた。



  続く

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