第8話
第1章 たくらみの夕暮れ
(8)
「チャンスタイムはこれまでに何回経験したの?」
サエコは先日の秘密の作戦会議でまず、ケンタロウにそう訊いた。
「えっと……。10回くらいかなあ。そう考えると俺ってもう通算1000万は負けてるのかあ~くっそ」
「個人の感想はいいから。そのうち半分は負けたんだよね?」
「ああ、そうだよ。5回は負けたはずだよ」
「その時負けた相手の馬って、全部逃げ馬じゃなかった?」
「あ、ああ。そういえばそう……だったかも」
そういえば、確かにそうだ。逃げ馬の逃げ切りにしてやられた、という負けの瞬間がいくつか脳裏に浮かぶのだった。
「まったく……あんた自身の記憶よりも、あたしの見立ての方がよっぽど正しいみたいね。あたしが見たあんたの記憶の中で、チャンスタイムで負けた時ってのは全部逃げ馬がそのまま逃げ切ったのよ。間違いないわ」
「はあ……え? ということは」
「2分の1の確率をもっと上げることができるかもしれないってことよね。そこにユウジの能力が加われば」
「あ! そうなのか~~~」ケンタロウとユウジは声を合わせて叫んだ。その音声は、まるでハーモニーのように、お花畑の部屋の中で美しく鳴り響いた。
それれから本番直前、もう一度4人は作戦を打ち合わせた。
「ケンタロウに勝ち馬が視えたらまず、その馬の単勝を有り金勝負。締め切りに間に合うよう、マークシートは複数用意しといて、現金もね。なるべくすいている列に並んでうまくやること」
「はいっ」3人はごくりと唾を飲んでサエコの顔を見た。
「勝ち馬が道中半分の時点で逃げていたら、その時はユウジの出番はなし。違う馬が逃げていたら……分かっているよね、ユウジ」
「へ、ヘイ。任せておくんなまし」
「逃げ馬が順位を落としたら、そこからはレイの出番」
「はい。死ぬ気でお祈り申し上げますわよ!」手を合わせるしぐさも可愛いいレイ。
「ヨシ。あとは運任せ天任せだ。全員で祈るとしよう」
「は、はい!」
サエコの指示にみんなが納得したように見えるが、ケンタロウはどうにも腑に落ちなかった。
(そんなの……不確かな要素が多過ぎるじゃないのか。俺の50%の確率がユウジのおかげで3分の1上がる……つまり17%くらい上がって67%くらいになる。そしてレイちゃんの祈りは良くて10%ほどの確率アップらしい。それで77%だ。果たして全ツッパできるほどの確率なのか? 確かに普通に考えると悪くない高確率ではあるが……それにしても俺の過去のチャンスタイムの結果を、俺以上に知り尽くしている……なんて恐ろしい……サエコという女はいったい、何者なんだ?)
考え込んでいるうちにケンタロウは勝ち馬が視えた。突然、頭に閃いたという言い方があっているかも知れない。それは確信に近い感覚でケンタロウの脳裏に迫ってきた。
「発表します! このレースの勝ち馬は……」
「……勝ち馬は?」
緊張が高まる。ケンタロウに視線が集まった。
「13番、1人気、ルメールのレガレイラだあああ!」
締め切り1分前のことだった。
4人はいっせいに馬券発売機の元へと散らばった。
そして何とか無事に、思い思いの馬券を買うことに成功した。
買い目や金額は邪念を払う意味で、各自伏せることにした。
それぞれが緊張感に包まれ、その表情は真剣な眼差しに変わった。
ケンタロウは先日の勝利金に加えて、友人から無理に借り入れた金を用意していた。その全てを馬券に変えた。合計で45万円のレガレイラ単勝馬券だ。
(俺だって男だ。自分よりも若い女たちに舐められてたまるか! 一世一代の男の勝負だ。絶対に勝つ!)
中央競馬のお偉いさんが旗を振り、G1のファンファーレが演奏された。
いよいよ日本中の競馬フアンにとって今年最後のG1、ホープフルステークの出走だ。
続く
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