第6話

第1章 たくらみの夕暮れ


(6)

 

「いや、しかしだな……そのう、さっき確かに救世主が現れたって、ウキウキして話してたじゃんか……特に俺の能力の強力なサポートになり得るってさ」

 そう確かにユウジは、先ほどケンタロウを初めて見かけた時にそんなことを言っていた。

「今の話じゃまるで俺の仇みたいな奴じゃんか」

「ふむふむ。まあ普通はそう思うだろうがね。そうでもないんだよ」サエコは腕を組んでケンタロウをじっと見つめた。

「これから話すことは割とガチの企業秘密だ。話す前に、あんたにはウチに何が何でも入ってもらうよ。でなければ、こんな重要なこと部外者には絶対に話せないんだ。どう? その覚悟はできたかい。それとユウジ、今度のことは絶対に許せないことだ。でもあんたのチカラも必要なんだ。使い込んだお金を給料から引くからね。もう絶対に二度とこんな真似は許さないし、絶対にしないと心から誓うのなら、今回だけは許す」

「はっはあああ~~ありがたき幸せでございますう~~」ユウジは頭をこすりつけて身体を震わせた。

「ケンタロウ、あんたも決心はついたかい?」

 ケンタロウはサエコの圧にすっかり気圧されていた。

「は、はいっ何かとご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よ、よろしくお願いいたします」

「はい、みなさんどうぞ。お茶でも飲んで落ち着いてくださいねぇ」レイがテーブルにお茶を並べた。質素だが可愛らしい女性だ。お花畑の部屋の中でひと際輝いて見えた。


 それからサエコが話した内容は驚くべき策だった。

(これなら確かにうまく行くかもしれない……ただ、そんなにうまくいくものだろうか? 何か、どこか、見落としてはいないか……)

「お前! あたしの作戦を信じていないようだな」サエコはケンタロウを指さして憤慨した。

「ヨシ! 28日木曜日、ホープフルステークスに全員集合だ。ケンタロウ、お前の入社試験を決行するぞ! 今年最後の大勝負。JRAからお宝を奪い取るぞ!」

「お、おお~~」サエコの号令に合わせてユウジとレイが右腕を高々と突き上げて雄たけびを上げた。

「えっええ~」とまどっているケンタロウの右腕を掴み、ともに高々と突き上げたユウジの顔はつややかだった。どうやらさっきまでのはうそ泣きだったようだ。

 

12月28日木曜日、こんな日にG1レースを開催するなどと言うのは中央競馬会はとち狂ってるとしか思えない。昔は有馬記念が一年の締めくくりだったはずだ。最後の最後ケツの毛まで抜こうとするJRAの意図が垣間見えて、好きではないレースだ。ケンタロウも、さすがにこの日だけはメインをネットで少々購入するだけにとどめていた。

S競馬場の客足も有馬記念と比べるとかなり少ないが、それでも通常の土日開催よりはやや多めに見えた。一年の最後の勝負……そんな思いでだいたいは少しでも帳尻合わせのためにやってきているのだろう、有馬の日ほどギラギラした雰囲気は感じられなかった。

開場一番にS競馬場の一等席、ターフが見渡せる最前列にケンタロウとサエコは陣取った。あらかじめの打ち合わせ通りだ。ユウジとレイは午後からの出勤予定だった。

 前回ここではじめた会った時と変わらず、サエコは大きめの地味な上着を着ていた。中の服はおそらくピンクで統一されているのかもしれないが、見た目は地味に見えるように装っている。

「なんか、会社の時とはずいぶんと違和感が」

「うるさい! 現場では目立たないようにしてるのよ。その意味くらいわかるでしょ」

「ははあ……確かに」

 ケンタロウはその意味くらいも分からなかったが解った振りをすることにした。

「じゃあコレ、あんたに渡すから。まずはしょうもないくらいに負けといで」

 そういって渡された封筒には100万円が入っていた。

「これはいったい?」

「さっさと10レースまでに100万負けとくのよ。そしてメインのホープフルステークスでがっつり取り返すからね。チャンスタイムを活かしてさ」

「え? じゃあ、そのもしも勝ったらどうなるの?」

「まずは負けて来い! 簡単なことだろうが。絶対に来なさそうな二桁人気馬の組み合わせで3連単でも勝え! 下手に増やしたりしたらただではおかん!」

 サエコは不敵な笑みを浮かべた。

(え~ たった一日で100万も負けろだと? これはこれで地獄だ……)

 ケンタロウは今すぐに帰りたくなった。



続く

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