第5話
第1章 たくらみの夕暮れ
(5)
古めかしい木造住宅の中は外観とはまるで似つかないお花畑そのものだった。
玄関も廊下もピンクを中心とした、一面花模様の世界だ。一刻も早くここから脱出しなければという思いが強くよぎる。
巨体の男はケンタロウを案内しながら、その名をハマユウジと名乗った。ここに入社して1年ほどになるそうだ。
事務所らしきドアを開けると8畳ほどの広さの部屋には花や観葉植物、キラキラしたなんだかよくわからないモノがあふれていた。正面の大きめのデスクに座るオノサエコが振り向いた。
「今度という今度は許さないからなユウジ……おっと来たかケンタロウ、待ってたぞ」
小柄ながらスタイルは良い、豊満な体にピンクのスーツを着こなしている。部屋の脇にある小さな机には細身の眼鏡をした女性がいた。普通の紺色のスーツ姿だ。
「初めましてタナカさん。お茶を入れますね」笑顔で会釈しながら「ワタシはカギヤレイです。よろしくね」と言った
「はあ……ここで何をしてるんですか? ハマさんが今、追い出されそうになってるのはどういうこと」
「まあ待て。順番に話していこう。その上でユウジ、お前の処分を決めよう」サエコがにらみつけると、ユウジはうなだれて小さくなった。
「昨日の有馬記念であたしらはさ、普段の特訓の成果を生かして稼ぐべく、競い合って自主練に励んでたのよ。それぞれ別々の場所でね。お互いの能力が干渉し合わないようにさ……」
オノサエコの話を要約するとこうだ。
この会社はある目的をもって悪の巣窟である(?)JRAを倒すために日々特殊能力を磨いて馬券に挑んだりしている。他には競馬で生活苦に陥った人を助けたり、ギャンブル依存症からの解放を手助けしたりといった活動を行っている。彼らはそれぞれ常人にはない特殊能力を有している。サエコは競馬に関する人の思考を読み取る力、レイは祈りの強力な力を持ち、狙った馬を3着までに持ってこさせる能力、ユウジはレースの道中約半分の時点で先頭に立った馬の気持ちを萎えさせて勝たせないという能力……それぞれの力を日々研鑽しているのだという。昨日は個人的な自主練を行い、サエコは80万円以上の大勝ち。レイは武豊を祈り、無事ドウデュースの複勝馬券で10万円ほどの勝利。そしてハマユウジはタイトルホルダーを負けさせる念を送り、それは大成功だったのだが買ったのが1番人気ジャスティンパレスの複勝だったため20万円の大損だった。そして今朝、昨日の自主練の反省会を始めたところで事件が発覚した。詰めの甘さを問い詰められたユウジは20万の負けだと自己申告したが、そうではなかった。実は会社の金、先月とある依頼で受け取った成功報酬の約100万円を隠し持ち、すべて競馬で溶かしていたのだ。サエコにそんな隠し事ができる訳がない。競馬の話にからんでしまっては全てを絡め獲られてしまう。そして二人のバトルが始まったということだった。
まずはケンタロウの面接どころではなくなった。バトルの再開だ。
「ゆ、許して下さい。お願いしますう~なんでもしますから、お願いですう~」
ユウジは大きな体を振るわせながら泣いて土下座した。
「ふん! だいたいあんたのチカラはさ、どうにも一番怪しい、前から思ってたんだけどさ」
「え? そんなことはない。昨日は見事にタイトルホルダーを止めたじゃないですか!」
「逃げ馬なんかだいたいがつぶれて負けるんだし。昨日、あんたがチカラを念じたのはいつの時点よ? 答えてごらん」サエコはピンクの短いスカートで足を組んで怒っている。ケンタロウは目のやり場に困った
「え、えっと半分の1250メートルの地点、1分15秒くらいのところで」
「じゃあ、やっぱりあんたの能力は皆無だった訳よね」
「え? どういうこと」
「あんたが念を込める15秒前、1分経過の時点でもうドウデュースの勝利は決まっていたのよ。それが昨日発掘した、この目の前のケンタロウ氏の能力だから」
「う、うぐぐう。そ、そんな……」
ユウジはケンタロウを見上げながら今度はさらに大きな声を上げて泣いた。
ケンタロウは生まれて初めて自分の能力が持ち上げられたうれしさの反面、ユウジの背中が憐れに見えていたたまれない気持ちになった。なにわともあれ、このお花畑から逃れることを第一に考えていた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます