第4話
第1章 たくらみの夕暮れ
(4)
「あたしの名前はオノサエコ。『明るく健全な未来作りの会』代表よ。競馬に関わりながらいろいろな活動しているんだ。ケンタロウ、あんたにも入会してもらうからね。」
S競馬 場を後にしながら、サエコは馴れ馴れしく名刺を差し出した。
「明日10時に事務所へ来て。詳しいことはそこで話すよ。どうせ会社はクビなんでしょ?選択肢はないと思うよ」
サエコはそう言い残してタクシーに乗り込んだ。
「なんて女だよ。人のおかげで勝ったくせにお礼もないのかよ……それになんだよこの明るく健全な未来とかって……馬鹿にしてんのか?」
ケンタロウはもよりの地下鉄駅まで無料で乗せてくれる大型バスに乗り込み、もやもやした気持ちを花模様で囲まれたピンク色の名刺にぶつけるようににらみつけた。
「まあモノは試しだ。話を聞いて怪しければ断わればいいだけ。とりあえず行ってみっか」
12月24日日曜日のクリスマスは日も暮れて、行き交う人もまばらな寂しい街並みをバスはゆっくりと進んだ。
ケンタロウの住む部屋はS競馬場からそう遠く離れてはいないが、交通の便が悪く、無料送迎バスと地下鉄と歩きでだいたい40分はかかる道のりだった。
火の気のない部屋の中は冷え込んでいた。備え付けのストーブと明かりをつけ、テーブルの上に今しがたコンビニで買い込んだカップラーメンと、ポケットの中のものを取り出して並べた。財布とハズレ馬券と折りたたんだ競馬新聞、部屋の鍵。部屋が温まるまではダウンジャケットは脱がない。20年以上来ている黒いジャケットから白い羽根がところどころこぼれ出ている。その黒もすすけた感じに変化しているが気にはしていない。
部屋の中はシンプルだ。7畳間が閑散としている印象だった。極力モノを持たないミニマリストをつらぬているのだ。テーブルの上にはノートパソコンがあり、片隅に畳んだ布団一組。流し台には茶碗と箸と小さな鍋が置いてある。窓には古びたカーテン。押し入れに衣類が3組ほど……あとは何にもない。
ケンタロウにはこれで充分だった。勤めている会社から解雇を言い渡された。手元にある24万と少々、これが全財産だ。もちろんカードによる負債に過ぎないし借金は合計200万ほどになっている。
お先真っ暗な人生だ。夢は競馬で暮らすことだが、まるで歯が立たない。たまに訪れる100万負け後の絶好のチャンスでようやく今日の負けを取り戻しただけだ。どう考えたって年を越すことは出来ても、来年早々には行き詰まるのは必至だ。
お花畑の名刺をもう一度見つめた。
「あいつ……俺の考えを全て読み取ったっていうのか? そんな馬鹿な。仮にそんなことが出来たとしたって俺のこの、ほとんど役に立たない能力に何の価値があるってんだ。たまたま今日はとてつもない低い確率で当たっただけだ。俺に何をさせるつもりなんだ……」
考えても考えても分からない。それでも明日事務所へ出向くことは決心していた。
ひとりぼっちでカップラーメンを啜るクリスマスの夜は更けていった。
オノサエコの事務所は人里離れた場所にあった。周りは一面白い雪に包まれた田んぼだ。
その一角にある平屋の一軒家だった。かなり古めかしい。築50年くらいは経っていそうだった。住所を見て嫌な予感がしていたのだがその予感は的中した。こんなところで的中の力をわずかでも使ってしまったことにケンタロウは腹が立った。
『明るく健全な未来作りの会』という立て看板はかなり立派なもので、電飾に彩られたけばけばしさは風俗店か?と思えるほどだった。名刺と同じような花模様で飾られていた。
「やっぱ帰ろうかな」
そう思い始めた時、玄関がガラガラと建て付けの悪そうな音を立てて開いた。
100キロは軽く超えているであろう巨体を揺さぶって男が出てきた。
「出直して来い!薄らはげ!」玄関の中から罵倒する声が聞こえる。女の声だ。
「あ~もう~いやだやだ」ぶつぶつ言いながら男は目を泳がせた。思わず男と目が合った。
「あ、あんた新メンバーの、あの1分半の男?」
「あ、あ~いや違います」ケンタロウは踵をかえすと、Uターンして走り去る今しがた降りたばかりのタクシーに向かって手を振りながら走り出した。
「まて、お~い待てよ」
男は巨体に見合わず足が速かった。というよりもケンタロウは足が遅いと言えた。すぐにつかまり、雪の道路上で押さえつけられた。
「いあ、あのう助けて~」
「あんたが救世主なんだ。俺のこの俺の、まさしく……頼む話しだけでも」
男の力には到底かなわなかった。ケンタロウは観念した。
続く
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