第3話
第1章 たくらみの夕暮れ
(3)
ドウデュースは終始最後方から3番手の位置を追走していた。先頭を走るのは大逃げを打ったタイトルホルダーだ。1000メートルの通過タイムは60秒4、まだそのままの位置取りだった。
その時だ。
(ヨシ、来た!やった! ドウデュース!! 武豊!すごいぞ!!)
ケンタロウは心の中で叫び、両手を握りしめてガッツポーズを取ったのだ。
女は怪訝な目を彼に向けた。ケンタロウのあまりにも早過ぎるガッツポーズを不思議そうに見つめるのだった。思わず自分の持つ馬券とモニター画面を交互に見やった。どう考えてもドウデュースが勝つような流れには見えない。
残り1000メートルを通過したころだ、武豊のドウデュースが動き始めた。するすると外を回り、次々と馬郡を追い抜いて行った。4コーナーを抜けてようやくドウデュースがタイトルホルダーに迫る勢いとなると、女の眼はやがて確信めいた充足感のようなものへと変化した。ケンタロウは小踊りしながら涙を流してモニターを見つめている。
勢いづいたドウデュースはやや足色の鈍ったタイトルホルダーをゴール前見事に抜き去った。
『ドウデュースだ!! 武豊だ!! 千両役者ここにあり!! 復活のダービー馬!!』 興奮に包まれたアナウンサーが絶叫する。場内は怒号入り乱れる大歓声に沸いた。
確定のランプがともると単勝5番ドウデュースは5.2倍の配当だった。
(46700×5.2=242840、42840円のプラス……月見蕎麦が500円だから実質43340円の儲けか)
ケンタロウは払い戻し機に馬券を差し込み、配当金を受け取りながら素早く計算した。大きな安堵のため息が漏れた。一瞬、最終レースの馬柱に目をやったが、買わずに帰ることにした。死の淵からよみがえったのだ、またすぐ死に急ぐこともない。すんなりとブレーキが掛かった。
メインの有馬記念が終わるとともに多くの客が出口方面へと向かい始めた。おとなしくその流れにケンタロウも身を任せた。
(しかし……せっかくのチャンスタイムそれもたった2分の1の確率を、ようやくモノに出来たというのに……たった4万強のプラスで終わりかよ。これまで100万円も損したというのに……やはりあの能力じゃ、勝つのは到底無理なのか……)
「本当にそうだよね!! あんなアホな能力にしがみつくなんて馬っ鹿じゃないの!!」
背中に声がした。女の声だ。ケンタロウが振り返ると見知らぬ女が立っていた。
「え……俺のことか?」
女はにらみつけるようにケンタロウを見つめた。
「あんたはさあ、せっかくの能力を無駄使いしてんのよ。これ見て」
女は有馬記念の馬券をつまんで見せた。ドウデュース単勝5番20万円の馬券だった。
「あんたのおかげで稼がせてもらったよ」黒いマスクを外してニカっと笑った。その笑顔はどうにも可愛らしいと思えたが、それよりも恐怖を感じた。
「どどど…どういうことだよ。なんで俺のおかげなんだよ?」
「アタシはね、馬券を考えてるヒトの思念と言うか強烈な想念みたいなモノが見えるたちなの。ある意味あんたと同じ能力者。異能力者と言うべきかな。それを利用してこれまで競馬で生きてきたのよ。正確にはヒトの思念を盗んでそれを取り捨て選択する能力でね」
「俺の能力って何故……なんでそんなことが?」
「どっちにしたってもう競馬で負け過ぎて人生もじり貧なんでしょ。申し訳ないけど競馬に関する情報はすでに筒抜けだから。ならさ、どう、あたしと組まない?」
ケンタロウは有無も言わせないというような女の態度におののきながらも、勝手に頭が縦方向に動いていた。脳みその中がかき乱されて、ボーとした熱の中でうなされているかのような感覚だった。
続く
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