第7話 第六部、「偽りの青空に。」
走馬灯映画館では、一つの走馬灯を見るたびに、感情を乗せた「色」がともっていく。それは私が言葉にしないまま忘れたり、心の奥底にしまい込んだりした「色」だった。今も、砂嵐が吹き荒れるスクリーンがざーざーと鳴っている。その音すらも何らかの感情を表しているのかもしれない、なんてちょっと深読みしすぎだろうか。
とりとめのないことを考えていると、また走馬灯が始まる。
今度の記憶は、カラー映像だ。
「はい、今日の検査はおしまいです。ベッドに横になってねー」
「……はい。」
新しい、真っ白で清潔な小部屋に移ってから一年が経った。同い年の子が学校に通い始める中、私は病室にひとりぼっち。それが悲しくてやるせなくて、私はよく花をこぼしていた。
そんな日々を過ごしていたある日のこと。私宛に、たくさんの手紙が届いた。なんと、私が通っているはずだった小学校のクラスメイトから。学級一つ分、38通の手紙は束になると中々に分厚かったけれど、私はそれを一つ一つ、丁寧に広げて読んでいった。
真っ青な窓の外の空が眩しい、初夏のことだった。
ある手紙には、授業のこと。ある手紙には、友達とのこと。ある手紙には、給食のこと。私の知らない、楽しそうな学校生活が、へたくそな平仮名で手紙の便せん一杯につづられていた。そして、最後にはみんな同じことが書いてある。
「治ったら、一緒に遊ぼうね。待ってるよ。」
その言葉がうれしくて、私はぎゅっと胸元を握った。誰かが私を待ってくれている。そう思うと胸が暖かかった。治るかなんて私は知らないけれど、頑張って治そう。久しぶりに、胸に希望が満ちた午後だった。
その日の夜。私は、消灯時間のあとも、珍しく寝ていなかった。病気が治れば、私も普通に暮らせる。そう考えると嬉しくて、なかなか寝付けずにいたのだった。
「……の、…ことで…なんだけど。」
「ああ、…でしょ?…の…が……」
私の病室の外から、声が聞こえる。看護師さんか、お医者さんか。話している内容はわからない。けれど、病室の外の景色を知った私は、無性に気になってしまった。
病室の外の誰かは、どんな話をしているんだろう。
軽い好奇心で、ベッドから滑り降りる。そのまま、病室の出入り口付近の扉の隙間に耳を押し当てた。そうすることで、声はより明瞭に聞こえる。楽しい話か、嬉しい話か、それともお悩み相談だろうか。手紙の中でしか外を知らない私は、考えもしなかった。
外には、希望以外も満ちているということを。
「眼から花なんて、ねえ。本当に奇妙だわ。」
「ああ、またあの患者さんの話?少し前に移ってきた、あのちっちゃい子。」
「そうそう、その子。今日その子の担当だったんだけど、怖かったわ。なんか感情が抜け落ちてるっていうか、眼が虚ろっていうか。その子の目を見ていると、飲み込まれそうになるっていうか。」
「へえ、でも気にしなくていいんじゃない?どんな病気であれ、私たちがするのは治療。それ以上でも、それ以下でもない。」
「それはそうなんだけどね。でもねえ、あんな奇妙な病気に、あんな子でしょ。ほとんどしゃべりもしない、ぼーっと窓の外ばっかりみてる。」
『まるで化物。私たちと同じとは思えないわ。』
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず耳をふさいだ。そして、急いでベッドに戻って毛布にくるまる。ぶるぶると震える体を、自分自身でぎゅっと抱きしめる。
そうでもしないと、死んでしまいそうだった。
化けもの。人間じゃない。奇妙な病気の。そんな言葉がぐるぐると頭の中で反射して響き渡る。エコーがかかったように歪んで、酷く耳障りな響きだった。
そうして、訳もわからないまま頭まで毛布をかぶっているうち、私は寝てしまった。
その時の夢は、走馬灯となっても鮮明だった。
視界一杯の芝生。柔らかな日差しと、絵具で塗ったようにひたすらに青い空。私はいたって普通の人間として過ごしていて、傍らには友人がいる。その友人は白いシンプルなワンピースを着て、大きなひさしの付いた麦わら帽子をかぶった、マネキンのように華奢な子だった。
夢の中で、私はいつものように友人と遊ぶ。話して、笑って、手をつないで、追いかけっこをして。視界一面の芝生の上には、私たち二人だけがいる。雲一つない、青い空には太陽すら存在しなかった。けれどそれは夢の世界では当たり前。私は、何も気にしないで、ただただ笑って過ごした。
そんな楽しい時間は、唐突に終わる。
『ねえ、化物なんでしょ?目から花をこぼす、人間の見た目の化物でしょ。』
マネキンのようにのっぺらぼうな友人が、唐突にそう言う。かくり、と首をかしげて私を責めるような声音で。
『どうして黙ってたの?どうして?どうして?化物だって言われるの、怖いの?どうしてどうしてどうしてどうして?』
かくり、かくり。首を左右にあり得ないほどかしげながら、友人は私に迫ってくる。異様すぎる光景に、私は声が出せなかった。そのままじりじりと後ずさっていく。違うの、待って、隠してたわけじゃない、そんな簡単な一言が出ない。
だって、本当は全部友人の言う通りだ。化物だって罵られるのが怖くて、友人を信じることもしないで、黙ってた。ひゅう、ひゅう、喉から嫌な音が鳴る。声が、全部空気に変わってしまったみたい。
けれど、これだけは言いたかった。私だって、好きで化物でいるんじゃない。本当は普通でいたかった。できることなら、人でありたかった。でもしょうがないじゃないか。私にはどうすることもできないんだから。
諦めなくちゃ、そうしなきゃ。
もう二度と、人に戻れないんだから。
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