息を飲み込む音が静かにひびく。

 にごっていた瞳がんでいき、光がともったように見えた。


「はっ! エディに続いて、今度はこいつを選ぶってのかよ! 傷物令嬢が男のしゅも悪いんじゃ救いようがないな! クズ同士お似合いだよ! 爵位を持つ予定じゃなきゃ、俺だってこんな可愛くもないキツい女なんか選ばな……」

「どうして、貴様ごときが、彼女を悪く言う」


 ゆらりと大きな身体が動き、ピエールにった。太陽の位置によって、ピエールは

シライヤのかげにスッポリとおおわれる。


「ひっ……」


 れ出てしまったようにピエールの悲鳴が小さく聞こえた。

 銀色のかみから覗くどうこうが開いた緑色の瞳は、影になっているというのに、みょうかがやいてピエールをのがさない。

 すが、メインルートの悪役令息ヤンデレキャラ。サブルートの悪役令嬢なんてかすむ程のはくりょくだ。


「彼女の良さが解らないなら、貴様こそ黙っていろ。これ以上彼女をじょくするなら、何をしてでも貴様をこうかいさせる」

「な、何、お前に、何ができるって……っ」

「愛されて育ったお前は、さぞ捨てられない物が多いんだろうな。なんでも捨てられる俺とは違うのだろう」

「どういう……」


 シライヤから逃げたいのか、ピエールは少しずつ後退するが、かべせまり後がない。少しうらやましい。場所を代わって欲しい。


「暗い海に引きずり込んで、共にしずんでやるくらい簡単だと言っているんだ」

「ひいいいっ……!」


 全身をふるがらせて、ピエールはつまずきながら走り去った。

 メインルートの悪役キャラにたいこうできるとすれば、同じくメインルートのこうりゃく対象である王太子殿でんくらいのものだろう。


「ルドラン子爵令嬢。あんな男の言うことなど、気にすることはない」


 こわいろやさしいものに変えて、シライヤは心配そうに私へ声をかける。


「大丈夫ですよ。気にしてなんていません。それよりも、私をかばってくださってありがとうございます。ブルック公爵令息の気持ちが、とても嬉しいです」


 なおに気持ちを伝えれば、シライヤは小さく息をついて震えるまつの下から私を一心に見つめてくれる。

 しんけんまなしに、少なからずおもいが通じているのではと、考えてしまう。

 そうであって欲しい。


「けれど……。捨てないでください」

「え……?」

「捨てないで、そばにいてください。生きていて欲しいのです」

「……貴女あなたが望んでくれるなら」


 シライヤのほおが赤く染まり、ずかしそうに視線が揺らいで落ちる。


「しかし、俺との仲を勘違いしていたようだが本当に良かったのか? ロワイ伯爵令息が、どんな風に言い触らすか。婚約者を探している大事な時期だというのに、俺のことがあしかせになっては申し訳ない」

「あっ、いえ、あの」


 勘違い……。シライヤはそう取ってしまうのか。だけど勘違いではないと言って、引かれてしまったら立ち直れそうにない。


「な、仲のいい友人なのですから、どうかそのように思わないでください。これからも、変わらずに接してくださいね」

「そう言ってくれるなら、俺の方からもたのむ。ルドラン子爵令嬢と話せるこの時間を、かけがえのないものに感じているんだ」


 安堵したように言うシライヤの視線が私へもどり、彼は素直に喜んでいるように見えた。


「私もです。休日の間、ブルック公爵令息に会えないのがさびしくて、学園が始まるのを心待ちにしていました」

「それは……、俺もだ。休日が過ぎるのがおそくて、早く貴女に会いたいと、そればかり考えて過ごした」

「ブルック公爵令息……」


 シライヤの赤い頰を見ながら、私の頰も熱くなる。また私達は、二人で顔を赤くしているのだろう。むずがゆいけれど、嫌ではないこの感覚。


「嬉しいです。では、次の休日、我が家へいらっしゃいませんか? 両親に、親しい友人としてしょうかいしたいのです」

「ご両親に? いや、それは。俺の評判を、ご両親も聞いていることだろう。俺のような者を友人と紹介すれば、貴女がお𠮟しかりを受ける」

「そんなことはありません! すでに両親には、ブルック公爵令息と親しくさせていただいていると伝えてあります。その上で、貴方に会いたいと言ってくれました」

「ルドラン子爵夫妻が、そう言ってくれたのか?」


 ハッとおどろいて言うシライヤは、嬉しそうに小さく笑みを見せたが、すぐに険しい顔を作って考えるようにあごへ手を置いた。


「……間に合うか? 今日からてつをすれば……、週末には」


 口の中でボソボソと言った声は聞き取りづらく、「ブルック公爵令息?」と名を呼ぶと、彼は「いや、なんでもない」と返して続けた。


「必ず行く。友人の家に招待されるなんて、初めてだ。楽しみだよ」

「良かった。週末は、楽しみましょうね」


 私も本当に楽しみだ。

 大好きな人達が集まるその日が、待ち遠しくて仕方ない。

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