3話 深まる仲


 長い休日だった。やっとシライヤに会える。

しきに来て欲しいと、どうやって切り出そう。シライヤの気持ちがわからないと、さそっていいのかも解らない。何より、とつぜん誘って気味悪がられたらどうしようと思うと、こわくてたまらない。

 いやそれより、今はとにかく早く会いたい。

 胸の高鳴りをおさえながら早足で向かった校舎裏では、シライヤではない男子生徒が一人待ち構えていた。


「あー。本当に来た。校舎裏に通ってるってうわさ、ほら話じゃなかったんだな」


 確か名は、ピエール・ロワイはくしゃく令息。ロワイ伯爵家の三男だ。私のこんやくしゃ候補をねらう男子生徒の一人で、最近になってから、言葉をかけられるようになった。


「ロワイ伯爵令息、ごきげんよう。私、友人と約束がございますの。お話でしたら、また今度……」

「噂によると、あのシライヤ・ブルックだろ? やめとけよ、あんな生まれの解らないようなヤツ。シンシアじょうの評判が下がるじゃないか」


 勝手にれいじょうの名を呼ぶ男性ときょを近くする方が、私の評判が下がると思う。

 シライヤのことがなくても、彼はありえないのだ。成績が下の下で、エディと順位を争うレベル。

 これでは、領地経営のうでは期待できない。

 私の中で早々に候補から落ちたのだが、相手は伯爵令息。できればおん便びんに身を引いていただきたいのだが……。

 とはいえ今の彼を見る限り、そんな願いは期待できないようだった。


「ブルックこうしゃく令息は、とても誠実で理知的ならしい方ですよ。今日もお話しできるのが楽しみで仕方ありません。ですので、私はこれで」


 こんなことで時間を取られ、シライヤと過ごす時間が減っては大変だ。少々ごういんとおけようとしたが、ピエールの方も強引に私の前へ出たため、足を止めるしかなかった。


「まさか、シライヤ・ブルックを婚約者にするつもりかよ? 公爵家でれいぐうされてる男なんか引き取ったって、家の為にはならないだろ? その点俺なら、ロワイ伯爵家とのうみつつながりを持つことができる。両親は俺を可愛かわいがってくれているし、あとぐ兄さんとの仲も良好だからな」

「道を空けていただけるかしら。ロワイ伯爵令息」

「つれないこと言うなよ。いくら金を持ってたって、社交界に出る機会が少ないルドランしゃくじゃ、何かと貴族社会で生きづらいだろ? 婚約者として少しえんじょしてくれたら、ロワイ伯爵家がルドラン子爵家をまもってやってもいいんだ」


 ふいにピエールの手がびる。私のかたこうとしているのだと気づいて、とっさに身を引いた。


「止めてください、ロワイ伯爵令息。女性の身体からだに許可なくれるのは、無礼ですよ。それと、私を呼ぶ時は、家名でお願いいたします」

「なんだ? お高くとまって。女が当主になるからって、かんちがいしてるんじゃないか? しょせん子爵令嬢のお前は、伯爵令息である俺の言うことを聞いていればいいんだよ」


 今度は明確な意思を持って、私へと手が伸ばされる。

 こんな男に触れられるなんてごめんだが、れないかもしれない。

 大声をあげるか、貴族令嬢らしくはないが走って逃げ去るか。

 考えていると、私とピエールの間に大きな背が割って入った。

 この大きな背中は……。


「ルドラン子爵令嬢がいやがっているのが、解らないのか」


 私にかけてくれる声とはちがった、地をう低い声。

 あんなに可愛らしいと思っていたシライヤが、こうして私を護ろうとしてくれる時は、なんてたくましいのだろうと、また胸が高鳴った。


「う、わ。こ、こいつ。こんな、背、高かったか?」


 そう、シライヤは背が高いのだ。いつも遠巻きにされて、彼がよくうつむいているから解りづらいかもしれないが、ちゃんと背筋を伸ばせば、クラスメイト達よりもグンと抜きん出ている。

 れいな顔をかくまえがみを整えて、身体に合った服を着せ、姿勢を正すことができたら、シライヤはだれにも負けないほどの美しくせいかんな貴公子となるだろう。


だいじょうか? ルドラン子爵令嬢」

「ありがとうございます。ブルック公爵令息に助けていただいたので、大丈夫です」


 ほほんで返せば、シライヤもあんしたようにみを返してくれる。このてきな人が、私の婚約者になってくれたら、どんなにうれしいだろう。


「ふん……。たいか小説のヒーロー気取りか?」


 今のシライヤは正しくヒーローだ。そして、悪役令息はピエールだろう。

 じんにもそれが気に入らないのか、ピエールはいらった態度を隠すこともない。


「お前なんかが貴族クラスに通うなんてずうずうしいんじゃないのか? 今からでも平民クラスに編入しろよ。まぁ、平民にも親に冷遇されている子なんていないだろうけどな」

「……」


 私を護ろうとしてくれた時とは違い、シライヤは力なく俯いた。

 長い前髪のすきからのぞく緑のひとみは、あきらめることに慣れてしまっていることを物語っている。


「勢いが良かったのは、初めだけか? 情けない男め」


 言い返されないとさとったピエールは、ごうまんな調子で続けた。


「物語の主人公になれるとでも思ったのか? お前なんてわきやくにしかなれないつまらない人間なんだ。それらしくすみの方で、だまっていろ」


 これ以上はまんがならない。生家のしゃくは相手の方が上だろうと、私を護ろうとしてくれた人を、がれる彼を、悪く言われて黙ってはいられない。

 シライヤの前へ出るようにして、悪役令嬢としてデザインされたこの顔を十分に生かしたにらみをかせた。


「ブルック公爵令息を隅に置くだなんてとんでもない。才能と力量と知識をそなえた彼こそが、おもてたいの主役となるにあたいする人物です。逆におたずねしますが、ロワイ伯爵令息は、ブルック公爵令息に勝っているところが、何か一つでもおありなのかしら」

「な……っ」


 私に睨み付けられて少ししりんだピエールだったが、立て直すように胸をたたく。


「俺の方がいいに決まってるだろ! こいつは……」

「考えるまでもなく、勉学はブルック公爵令息の方がゆうしゅうですね。体格を見ても差は歴然ですから、わんりょくもブルック公爵令息が勝っているでしょう。内面を見ても、彼の方が誠実でしん的。生家の爵位も彼の方が高位であるうえに、前髪の下に隠されたお顔は愛らし……、きんせいの取れた理知的なマスクでいらっしゃいますのよ」

「だ、だからっ! こいつは家族に愛されない子なんだ! 家族に愛されている俺とは違う!」

「ブルック公爵令息のゆいいつの弱点が、家族愛を持たぬことであるならば」


 言葉を一度区切って、シライヤへまっすぐ身体を向けた。俯いていた顔はいつの間にか前を向いていて、私をれる瞳で見つめている。


「愛は、私が差し上げます。かわいているなら、うるおします。足りぬならば、あふれさせましょう。これで貴方あなたかんぺきです。シライヤ・ブルック公爵令息!!」

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