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「お父様、お母様。お呼びですか?」

「おお、来たか。紅茶を用意してあるから、飲みなさい」

はちみつもたっぷり使ってね」


 私と同じく、赤い髪と赤い瞳を持つ両親。我がルドランの一族には、赤い色を持つ人間が多く生まれる。両親はしんせき同士でのけっこんだった。大好きな両親の真っ赤な遺伝子を受け継いで、私も赤き一族となれたことがとても誇らしい。

 先日はエディの件で心労をかけたはずだが、いやな顔一つしないで私を温かく包んでくれる、やさしくて愛情深いまんの両親だ。

 シライヤにも、こんなに優しい両親がいたら、きっと自信にあふれた幸福な人生を歩めていただろうに。


「ありがとうございます」


 言いながら二人の目の前に位置するソファへこしかける。

 低めのテーブルには、香りのいい紅茶と小さなおが並び、見慣れたびんに入った蜂蜜も用意されている。

 ルドラン子爵領で大きな収益を上げているものは、炭酸ガス温泉とようほう業だ。領地名産の蜂蜜をたっぷりと入れて、美味おいしい紅茶を口にふくむと、二人がキラキラと目をかがやかせて私を見ているのが解った。

 なんだろう。今日の紅茶は特別な物だったのだろうか。


「こほん。何か話すことがあるんじゃないか?」と父。

「最近のシンシアは、学園に行くのがとても楽しそうね」と母。


 そうか、バレている訳だ。愛する両親は、愛する私をよく見ている。

 カップを静かに置いて、熱くなる頰を少し恥ずかしく思いながら、とりとめもない想いをどう表現したらいいのだろうと、悩みながら言葉を紡いだ。


「気になっている人がいます。学園の生徒で、最近毎日話をしていて。彼と会うと、楽しいような、悲しいような、時が止まって欲しいような、もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたいような。そんな毎日です」


 しゅうで視線を落としながら言ったが、両親の反応がなくて、そろそろと視線を戻す。

 視界に映った二人は、おたがいに手をつないで、目を細め静かに笑い私を見つめていた。

 両親のことだから、そんなこいバナをしたらはしゃぐのではないかと思っていた。

 想像よりもずっと静かな反応に、どういう意図があるのかたずねようとした時、あいの声をこうに向けられる。


「あぁ、良かった。心配していたよ、シンシア」

「えぇ、本当に。心配でしたよ、シンシア」

じょうに振る舞ってはいたが、傷ついただろう」

「また愛せる人が見つかって良かった」

いとしいむすめの心が、こわれていなくて良かった」


 震える息を胸いっぱいに吸い込んだ。

 次期子爵として、私は強くあらねばならない。婚約者に大切にして貰えなかった程度のことで、へこたれてはならない。だから弱音は吐けなかった。誰かになぐさめて貰う機会も失って、私は前へ進まなければならなかった。

 だけど両親は、見ていてくれたのだ。心配していてくれたのだ。


「ありがとうございます……」


 きっと弱音を吐いても良かったのだ。少なくとも、両親の前では。二人は、必ず私を受け入れてくれるのだから。

 簡単なことなのに、なぜかいつも私には難しい。

 大好きな家族。ここに、彼もいてくれたら。


「確かに、一時は愛のない結婚をかくしました。領地経営のうでがある男性ならば、愛がなくとも、家の為にはなると考えて。けれど今は、お父様とお母様のように、支え合える人と結婚したいと思えるようになりました。私は、愛のある結婚をしたい」


 一度深呼吸をして、改めて口を開く。


「彼の名は、シライヤ・ブルック。ブルック公爵家の三男様です」


 受け入れてくれる両親だとしても、この名を伝えるには、少し勇気がいる。貴族社会では、しょとしてれいぐうされる彼を、両親がどう受け止めるか解らない。


「ふむ。一度目の婚約の時、彼の打診書があったのを思い出したよ。学園入学前は、公爵じんが話すようにほうとうむすで、乱暴者、そしてなまものだと聞き及んでいたが、学園入学後は、勤勉な生活態度にトップの成績をキープする学力を示したことで、夫人の言葉はでたらめだったのだろうと言う者が多くなっている」


 あごさわりながら言う父を見る限り、シライヤへの印象が悪いということはなさそうだ。


「なんたってトップを取るというのは、簡単なことではないわ。それに加えて、シンシアをときめかせる男の子なのだもの。きっとてきな子なのね」


 母も穏やかにほほんで言ってくれた。良かった、二人はシライヤのことをきっと受け入れてくれる。


「想いを伝えた訳ではありません。ブルック公爵令息が、私をどう思っているかはまだ解らないのです」

「そうか。だが、彼がりょうしょうするなら、一度屋敷へ招待しなさい。私達も彼をこの目で見て確かめたいからね」

「上手くいくといいわね、シンシア」

「はい、お父様、お母様」


 上手くいくといい。シライヤに愛情深い家族を作ってあげたい。

 そして、彼が隣にいてくれたら、私はもっと強くなれる。

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