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 そうして校舎裏の待ち合わせをかえし、週末の楽しみがある私達は、先週よりもずっと話がはずんだ。

 愛馬を紹介したいだとか、お気に入りの本を貸し借りしようだとか、旅先で買った奇妙な置物を見て欲しいだとか。

 きっと一日では遊びきれないから、また約束しようと次の予定まで楽しみにして。

 いよいよ明日は、シライヤを我が家へ招待するという日。


「まぁ、本当に、身の程知らずと冴えない男が仲良くしていらしてよ」

「身の程知らずじゃなくなった、ということではありません? お似合いだわ」


 シライヤとの貴重な時間をじゃする声が再び。

 かくにんなどしなくても解るが、一応声の主へ視線を向ければ、エディの取り巻きのご令嬢方だった。

 どうしてみな、私達に構いたがるのか。放っておいて欲しいが、頼んでもそうはしてくれないのだろう。


「それにしたって、エディ様に捨てられて後がないからって、わざわざこんな冴えない男を選ばなくても……ねぇ?」

「本当ですわねぇ。身の程知らずの次は、はじらずにでもなったのかしら」


 エディを捨てたのは、こちらの方なんてめんどうな説明は止めて、顔をそむけた。彼女たちに構っている暇なんてないのだ。

 大事なシライヤとの時間を、一秒だってにしたくないのだから。

 しかし、シライヤの方は私を庇おうとしているのか、れいじょう達を睨み付けて口を開いた。


「ブルック公爵令息」


 シライヤの口から言葉が出る前に声をかければ、彼はピタリと動作を止めて、私をり返る。

 私だって、シライヤを悪く言う彼女達を言い負かしてやりたい。けれど、ピエールの時と違って相手が令嬢では、少し分が悪いのだ。

 私だけなら良かったが、シライヤが彼女達とごとを起こせば、彼が令嬢へ暴力を振るったなどとめいうそが広まりかねない。


「無礼な者達の相手をする必要はありません。構わず、今の時間を楽しみましょう」

「……貴女がそれでいいなら」


 すぐにいかりを抑えてくれた彼は、うなずいてりょうしょうしてくれた。


「ちょっと! 私達を無視するつもりなの!」

「なんて生意気なのかしら!」


 無視をしたいのだが、少々さわがしすぎるかもしれない。そろそろ校舎裏以外のところでシライヤと会話を楽しもうか。


「ブルック公爵令息。よろしければ、図書室にでも行きませんか? 授業の予習をごいっしょにできればと」

「もちろんだ」


 図書室ならば、令嬢達も騒がしくできないだろう。

 やわらかいクッションのもあることだし、シライヤと落ち着いて過ごせるかもしれない。

 考えながら立ち上がった時、「危ない!」と、シライヤのあわてた声が響いた。

 私と令嬢達の間に入るようにけ込んだシライヤ。次のしゅんかん大きな水音がして、わずかなすいてきが私の顔へかかる。


「ブルック公爵令息!」


 シライヤが、私へかるはずだった大量の水を、自らの大きな身体で防いでくれた

のだ。

 向こう側に見える令嬢達は、近くのだんにあった水道で、バケツを持ちながらにやついている。あそこから水をかけたのだろう。


「なんてひどいことを!」


 令嬢達を批難しながら、小さなハンカチを取り出した。こんな物では足りないだろうが、せめて顔だけでも。


「私を庇う為に、申し訳ありませんっ!」

「いえ、貴女が無事で良かった」


 いきなり冷水をかけられては、きっとこごえる思いをしただろうに。そう言う彼の言葉はどこまでも優しげで、ハンカチで彼の顔に触れるたびに、頰に赤みが差していくように見えた。


「まあ! 冴えない男を洗って差し上げてしまったわ!」

「それでも、エディ様のように華やかにはなれませんわよねぇ」


 悪びれることもなくしゅうあくに笑う令嬢達へ、流石に一言だけでも言ってやらねばと思った時、シライヤは顔に張り付いた前髪をき上げて、美しい顔を全てさらしたまま令嬢達をするどく睨み付けた。


しゅくじょとは思えぬ所行だ。こんなことをして、自分を恥ずかしく思わないのか?」


 バケツが地面に落ちる音がして、令嬢達を見れば、彼女達はポカンとシライヤを見つめてくしている。

 そうか、と気がついた。

 エディの容姿に夢中になっていた彼女達のことだ。メインルートである王太子と張り合う程の美しさを持つ、シライヤの顔を正面からハッキリと見れば、彼女達が何を思うかなんて手に取るように解る。


「うそ……。こんなに、美しい殿とのがただなんて……、聞いておりませんわ」

「なんてこと。エディ様よりずっと……。シ……シライヤ様ぁ」

「名を呼ぶな。不快だ」


 顔を真っ赤に染め上げてうっとりとし始めた令嬢達。

 片方がシライヤの名を呼ぶと、すがすがしいまでにシライヤはそれを切り捨てた。

 エディのように彼女達にとってかんな言葉をかけることはないが、それでも令嬢達は興奮したように息をあらくして「冷たいところも素敵……」とつぶやいている。


「ルドラン子爵令嬢へ危害を加えるようなことがあれば、女性だろうとようしゃはしない。覚えておけ」


 ピエールへ向けたように、令嬢達へきょうを植え付けるように睨み付けるシライヤだが、かんじんの令嬢達はたがいに手を取り、おびえながらもシライヤの美しさにのぼせ上がっていた。


「ブルック公爵令息。すぐに保健室へ向かいましょう。このままでは、おされてしまいます」


 保健室なら、簡単なえが用意されていたはずだ。れた制服は、急ぎルドラン子爵家へ使いを出して洗わせよう。明日が休日で本当に良かった。


「ルドラン子爵令嬢……」

「どうかしましたか?」


 シライヤに風邪を引かせたくない一心で、急ぎ保健室へ向かっていると、彼に呼び止められる。


「……手を。誤解されてしまう……」

「あっ」


 急ぐあまり、シライヤの手を取ってしまっていた。


「すみません、ご不快な思いをさせてしまいましたね」


 慌てて手を放すと、彼は繫がれていた手を片手で包むようにして、頰を赤くしたまま小さく返す。


「俺は不快に思わない。貴女の方が嫌だろう」

「……私も、貴方と手を繫ぐことが、嫌ではありません」


 彼の反応にわずかな期待を覚えて思い切って言ってみれば、シライヤは驚いて目を見開き、その後更さら

に恥ずかしそうに視線を落として耳まで真っ赤にした。


「よろしければ、エスコートさせてください」


 再び手を差し出すと、シライヤはギュッと口元を引き結び、ためらいながらも私の手に自分の手を重ねた。

 さっきよりもずっと温かくなった手に、これなら風邪を引かないかもしれないという安堵と、学園というおおやけの場で私と手を繫いでくれた事実に、彼との未来を想像して心臓がけそうな程高鳴った。

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