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「どうしたんだい? 二人して顔を真っ赤にして……。風邪かな?」


 とうちゃくした保健室では、保健医から開口一番にそう問われる。

 すぐにも体温を測られたら、ねつくらいありそうだ。入室する直前まで手を繫いで、ここまで歩いて来た私達は、お互いにかける言葉が一言も出ないまま、相手の体温が上がっていくのだけを感じていた。

 誰かに見られていただろうかとか、そんなのは気にしているゆうがなかったので、解らない。


「トラブルがありまして、濡れた制服を着替えたいのですが、ブルック公爵令息の身体に合う着替えはありますか?」

「大丈夫だよ。大きな物も用意されているからね」


 保健医はテキパキと、タオルや着替えの準備をしていく。

 つややかな長い髪を一つに束ねた彼もまた、攻略対象の一人だ。

 としは三十五歳と、攻略対象達の中でも一番の年上だが、ねんれいを感じさせない若々しい整った顔が、いかにもおとゲームのキャラクターらしい。

 生家はこうしゃくだが、世話焼きで優しい性格の彼になら、貴族社会でしょさげすまれてしまうシライヤのことも、安心して任せられる。

 タオルと着替えを受け取ったシライヤは、保健医と一緒にベッドがあるカーテンの中へ入った。しんさつも同時に行うのだろう。


「どうしてびしょ濡れになったのかな?」

「……大した理由ではありません」


 私を庇って女子生徒達に水をかけられたことを、言うつもりはないようだった。

 事をあらてて、女子生徒達の家へこうするというせんたくは、シライヤにはない。

 ブルック公爵は、シライヤの為に動いてくれはしないのだから。


「……そうかい? だが、相談したいことがあれば、いつでもおいで」

「ありがとうございます……」

「それと、少し目がじゅうけつしているね。入ってきた時も、あしもとあやうかったように見えたよ。体調が悪い……、いや、もしかして、そくかい?」


 シライヤが寝不足?

 私は気づけなかったが、保健医が言うなら、きっとそうだ。彼は面倒見がいいゆえに観察眼が鋭く、ヒロインのわずかな体調不良に気がついて、心配してくれるところがりょくの人気キャラクターだった。

 カーテンを勝手に開ける訳にはいかず、ギリギリのところに立って、うれわしく声をかける。


「ブルック公爵令息、寝不足というのは本当ですか? 何か事情があるのでしたら、お話しください」


 もしかしたら、ブルック公爵家で嫌がらせを受けて、ねむれていないのかもしれない。あまりにぎゃくたいが酷いようなら、なんとかして助けたい。


「実は……、父の仕事を手伝っているのだが、週末に貴女の家に行くのに、少し無理をしてしまって。だが、無事に終わらせることができたから、今日は十分に眠って、明日を楽しむつもりだ。だからどうか、心配しないでくれ」


 カーテンしではシライヤの表情が見えないけれど、彼がこちらを向いて優しく笑いながら言ってくれているのが伝わってくる。

 私との約束の為、寝不足になるくらい無理をしてくれた。罪悪感が先に立つが、いとしい気持ちが溢れ出る。


「身体を濡らして、更に寝不足となると、体調をくずしやすくなってしまうからね。クラスにはれんらくしておくから、ここで少し眠っていきなさい」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」


 その後、カーテンから出てきたのは保健医だけだった。


「あのっ、私も中に」

「君は、彼の婚約者かい?」

「いえ……、違います」

「では、いけないよ。心配なのは解るけれど、聞き分けてくれるね?」

「はい」

「それに、彼は横になったたんに眠ってしまったよ。ソッとしておいてあげよう」


 確かに、カーテンの中からは物音一つしなくなった。それ程深く眠ってしまったのだろう。

 こんな無茶をさせるつもりではなかった。それでも、彼の気持ちを知れたような気がして、嬉しかった。

 シライヤ、期待してもいいですか?

 この先歩む未来に、貴方がとなりにいてくれたら、私はとても嬉しいのです。

 シライヤのことが好きです。


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