4話 光弾く湖で


「ようこそいらっしゃいました、ブルックこうしゃく令息」

「ご招待ありがとう。ルドランしゃくれいじょう


 約束の日、ルドラン子爵家からむかえにやった馬車で、シライヤがとうちゃくするのをむかえた。

 昨日はどうなることかと思ったが、シライヤの体調がくずれることもなく、予定通りルドラン子爵家へ招待することができた。

 待ちに待った日。ようやくこの日が来た。


「……今日は特に、貴女あなたが美しく見えるよ」

「ありがとうございます。……ブルック公爵令息がいらっしゃるので、美装をらしました」

「そうか……。俺の……ために」


 もう何度目だろうか。二人でこうやって赤くなるのは。


「どうぞ、こちらへ。両親をしょうかいいたします」

 いつまでも馬車の前で、もじもじとしている訳にもいかない。シライヤを、しきの庭へ連れて行った。

 ルドラン子爵家まんの庭園で、シライヤの到着を待っていた両親のところへ彼を案内すると、なごやかにあいさつわされる。


むすめかばって、バケツの水をかぶったと聞いているよ。私達の大事な娘をまもってくれて、ありがとう」


 父が言うと、二人は敬意を示した礼とカーテシーを見せた。

 しゃくを所持している父と、その夫人である母が、爵位を持たぬシライヤへこのような礼をするのは異例のことだが、私を護ってくれた彼へ礼をくしてくださったのだろう。

 私もならって、シライヤへカーテシーをする。


「そんな、お顔を上げてください」


 あわてて言うシライヤの言葉で、私達は姿勢をもどした。


「ルドラン子爵令嬢を護るのは、当然のことです。大切な友人ですから」


 誠実に言い切るシライヤに、両親の目元がやわらかくほころぶ。


「茶の席を用意しているよ。ゆっくり話そうじゃないか」

貴方あなたのことをたくさん聞かせて欲しいわ」


 さあさあと庭園の席へ案内されるシライヤは、こんな大かんげいを受けるのは初めてだとりやすくきんちょうしていたが、それでも彼が心を軽くしたように見えた。

 この場所に、シライヤをさげすむ者はいない。ほんの一時だとしても、彼が心を休めてくれたらうれしい。

 四人で話をはずませていると、使用人がルドラン子爵家の愛馬を二頭連れてくる。このくらいの時間に、連れてきてくれるようたのんでおいたのだ。


「ブルック公爵令息、紹介しますね。私の愛馬、ノアとアリーです」


 黒馬がノア、白馬がアリー。

 二頭とも正しく接すれば、よくなついてくれる頭のいい馬だ。


れいな馬達だな。ルドラン子爵令嬢が、可愛かわいがっているのが解るよ」

「ありがとうございます。よろしければ、でてやってくださいませんか?」

れてもいいのか? 嬉しいな」


 喜んでくれるシライヤと共に席を立つ。

 二頭とも、シライヤが近づくのをいやがったりはしなかった。特に黒馬のノアは、シライヤを気にするように顔を向けて、自ら撫でられようとしている。


「ノアは、ブルック公爵令息が好きみたいですね」

「光栄だな。やあ、ノア。よろしく」


 シライヤの手がノアの鼻先を撫でて、げんを良くしたノアがそのまま鼻先をシライヤへ押しつける。

 自然とあご下へシライヤの手が移動したが、彼はおどろいたようにつぶやいた。


「鼻先も柔らかくて驚いたが、ここも柔らかいのか。硬いかんしょくを想像していたよ」

「もしかして、馬に触れるのは初めてですか?」

「あぁ。ずっと触れてみたいと思っていた。嬉しいな」


 喜ぶシライヤがノアに夢中になっていると、父も席を立ってこちらへ来る。

「ノアと仲良くなったのか。庭園の外周は、馬を走らせられるようにしてあるんだ。どうだね、今から私と乗馬をしないか?」


 貴族の男性が交友を深める為の遊びと言えば、乗馬がかなりの上位へ来るのはちがいないだろう。

 当然父もそう思いシライヤをさそったのだろうが、きっとシライヤは……。


「おずかしいのですが、馬に乗ったことがないのです。お誘いいただいたのに申し訳ありません」


 困ったようにまゆを下げて言うシライヤ。

 公爵令息として、このとしまで馬に乗ったことがないなんて、本来であればありえないだろう。

 だが、彼の場合はありえてしまう。


「そうか……。では、私が乗馬を教えよう。やってみるつもりは、あるかね?」


 父も事情を察したのだろう。なぜかとたずねることはなく、シライヤの背に手を置いて、いたわるように言った。たんに、シライヤの顔色が明るくなる。


「いいのですか?」

「もちろんだとも」


 期待に目をかがやかせるシライヤと、あいまなしを向ける父は本当の親子のように見えて、その場をじゃしないように私はそっとはなれ、茶会の席にいる母の元へ戻った。


「いい子ねぇ」


 カップを静かに置きながら、母は呟いた。

 シライヤのことを言われているのは解っているが、なぜか私がめられたように嬉しくなって「そうでしょう」と自慢げに言ってしまう。


「お母様。私は、彼がいいです。お許しくださいますか?」

「お父様も私も、シンシアの幸せを願っていますよ。がんってね」


 ゆっくりとうなずきながら言ってくれる母に、ホッと胸を撫で下ろす。両親はシライヤを受け入れてくれた。

 後は、私が頑張るだけだ。

 その後、シライヤが父から乗馬を教わる様子をながめていたが、驚いたことに彼はまたたに乗り方を覚えて、馬を走らせることができるようになっていた。正しく指示を行うシライヤに、ノアも機嫌良く従っている。


「お母様っ! 私、乗馬服にえてまいります!」



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