*****




「ブルック公爵令息。私も乗馬に参加させてください」

「ルドラン子爵令嬢! 格好いいな、とても似合っているよ」

「ありがとうございます。貴方も、馬に乗る姿がとてもてきです」


 シライヤに賛辞をおくられた私の乗馬服は、パンツスタイルの男性服に似たデザインのものだ。長いかみは高くげてまとめている。

 この世界で、貴族女性が横乗りで馬に乗ることはなかった。

 おとゲームが作られた前世の世界で、女性も馬にまたがって乗るのがいっぱん的だった為か、横乗り用のくらを描き分けるのがめんどうだったのかは解らないが。

 恥じらうこともなくアリーに跨がると、ノアとアリーはおたがいに引き寄せられるように近づいた。シライヤとの目線が近くなり、私達はまたほおを染め合ったように思う。


「近くの湖までくらいなら、いい練習になるだろう。二人で行ってきなさい」


 父に提案され、私達は喜んで馬をけさせた。

 屋敷のしきけ、馬の走りやすい道が作られた小さな林を抜ければ、もうそこは湖だ。

 ノアはシライヤの乗馬訓練にも付き合っていた為に、一度休ませた方がいいだろうと、私達は馬から下りた。

 とうめい度の高い湖で二頭に水を飲ませてやった後、近くの木につなぐ。

 私達は湖を眺めるように、少しきょを近くして立った。


「まさか、乗馬を体験できるなんて思わなかった。本当に嬉しいよ」


 先に口を開いたのはシライヤで、弾む心のままに言っているのが解った。彼の人生に、一つでも多くの幸せを増やせたのなら、私の心も弾む。


「少し習っただけで、こんなに乗りこなせるなんてすごいことです。勉学だけでなく、乗馬の才もあるのですね」

「ノアが俺に合わせてくれたからだ。かしこい馬だ」

「ふふ。そうですね。ノアも賢い子です」


 一呼吸置いて、聞きづらいが、確かめなければならないことを口にする。


「公爵家での生活は……つらくありませんか?」


 シライヤは考えるように視線を落とし、一度ノア達を見ると、また湖へ視線を戻した。


「……兄達が父から乗馬を教わるのを、うらやましく思っていた。どうして、兄達にはあたえられて、俺には与えられないのか。くやしく、辛く。さびしく、どくで。だが、それをかえすうちに、あきらめることを覚えた。だから今では諦めるのが得意になって、幼いころよりは、辛く思わない」


 湖を見ているようで、どこか遠くを眺めている緑のひとみは、暗くにごって光を追い出したように見えた。

 彼はどれだけの長い時間、諦めながら生きたのだろう。そうすることでしか、心を護れなかった彼は、深く傷ついたことも解らないふりをして、いつしかんでしまうのかもしれない。


「諦めて欲しくない」


 無責任な言葉が口かられて、自分を𠮟しかる為に強くくちびるんだ。

 シライヤは、そんな私にいかりを見せても良かっただろうに、長いまえがみの向こうで柔らかく目を細めるだけだった。


「貴女はやさしい。ルドラン子爵夫妻も、貴女も、優しく愛情深い家族だ。こんなに幸福な家族がいるのだと、この目で見ることができて良かった」

「……ありがとうございます。自慢の家族です」


 家族を褒められて嬉しく思うはずなのに、かかえる感情は、り上がるようなしょうそうだった。

 だからだろうか。私は自分で思うよりもずっと、勇気の必要だったはずの言葉を口にした。


「貴方も、家族の一員になって欲しいのです」


 強く湖風がいた。

 今になって私の心臓がはやがねを打つ。

 焦燥にはしゅうも乗せられ、ひどく息がまる。それでも止まらない。止められない。

 驚き見開かれていく緑の目をまっすぐに見つめ、あらがえない気持ちを言葉にする。


「貴方を護りたい。何も諦めさせたくない。幸福を与えたい。愛情深い家庭を、貴方と作りたい」

「令嬢……、それはつまり」

「私と、けっこんしてください」


 とつぜん湖風がみ、耳に痛いほどのしじまがおとずれた。

 わずかな時だったのだろうが、長く感じる程に静けさを聞いた後、ようやくシライヤの唇が動く。


「俺をこんやくしゃにしても、ブルック公爵家からのおんけいはないに等しいだろう。それどころか、しょを婚約者にえたと、ルドラン子爵家の評判を落としかねない。俺のような者を選ばずとも、貴女にはもっといい相手が……」

「ブルック公爵令息」


 目をせながら言葉を連ねていくシライヤを呼び止める。


「私が知りたいのは、貴方の心です」


 息を吸う音が聞こえて、れる瞳が私へ戻ってくる。


「だ、だ。俺なんか、相応ふさわしくない」

「聞かせて」

「貴女はらしい男と結婚して、幸せになるべきだっ」

「貴方の心が聞きたい」

「俺は……っ!」


 湖に反射する光が彼の瞳を輝かせて、シライヤはまぶしそうな顔であえぐように言葉を返した。


「貴女と……家族に、なりたい」


 再び強く吹き始めた湖風に背を押され、私はシライヤにきついた。


「なりましょう。幸せな家族に。寂しい思いなんて、もうさせない」


 返事の代わりに、シライヤは強く私を抱きしめた。

 きっと彼はなみだこぼしていたけれど、思う存分泣いてくれたらいいと、何も言わずに抱きしめ合った。

 私の視界も揺れているのは、湖が光を弾くせいだけではないのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る