「これも何かのえんですし、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか。常にトップの成績をしていらっしゃるブルック公爵令息と、一度お話しできたらと思っていたのです」

「……え? ……俺と、……話?」


 シライヤは急に狼狽うろたえた顔を見せる。

 そんなことを言われるとは、思ってもいなかったのだろう。先程の不機嫌な顔とはまったく様子がちがって、なんだか愛らしい。


「ごめいわくでしたら、すぐに去りますわ」

「……ぁっ、いや、迷惑ではない」


 彼はあわてたように立ち上がった。

 人との会話に飢えていたのだろうか? 私が去ってしまうことをおびえるように、弱々しい視線を向けられながら言われた。

 そんな彼のあわれな姿に、胸がギュウとけられる。これは欲なのだろうか……。


「では、お話を。ここにはベンチもありませんし、おとなりこしけても?」

「あぁ……、いや、待ってくれ」


 そう言って、シライヤはすぐに上着をいだ。パタパタと軽くホコリをはたくようにして、ちゅうちょなく裏口の階段にいてくれる。

 なんてしん的なのだろうか。これがエディだったら、何もせずにただ笑って「いいよ」と言うだけだったろう。いやいや、彼とはもう比べまい。エディとは関わらないと決めたのだから。


「ご親切にありがとうございます。お心遣いをちょうだいして、失礼いたしますね」


 ここはえんりょせずに、なおに親切を受けるべきだろう。

 制服の上に腰掛けながら、この制服を洗って返すことを考えるが、シライヤはえの制服をあたえられているのだろうか? これ一枚しかないのであれば、持ち帰ると困らせてしまうかもしれない。

 仮にも相手は公爵令息だというのに、こんな心配をしなくてはならないなんて、やはり彼のちには同情を禁じ得ない。


「……お座りにならないのですか?」


 階段のななめ前に立つようにして、隣に座り直そうとはしないシライヤへ声をかけると、彼は困ったように視線をさまよわせた。


こんの男女が、近づきすぎるのは良くないだろう。特に、俺と……なんて。それに、貴女あなたは新しい婚約者を探していると聞いている。人に誤解されるようなことはしない方がいい」


 紳士的な上に誠実だ。そして顔が良くて、成績優秀。


「私のことをご存じだったのですね。ほこれない近状しかございませんので、おずかしいのですが、成績トップを維持していらっしゃる優秀なブルック公爵令息のご記憶に留めていただけて、光栄でございます」

「そんな、俺にそこまでかしこまる必要は……。いやしかし、そう言って貰えて、こちらこそ光栄に思う」


 ゲームをプレイしていたから、彼が今何を思っているか解ってしまう。自分の努力を、初めて人に好意的に認めて貰えて、ふるえる程に感激しているのだ。

 たったこれだけの会話が、ずっと孤独だった彼にとっては、なみだぐむ程に重大なこと。

 なんとかさとられないようにと視線を落としてしているが、緑色の瞳が少しうるんでいるのが解る。


なみたいていの努力では成し得ません。素直に尊敬いたします。私も勉学には励んでいるつもりですが、上位に上がるのは難しそうですもの」

「貴女は、領地経営も共に学んでいるだろう。将来をえた、けんじついもおよんでいる。勉学と次期当主としてのかつやくを両立させ、十分に優秀でらしい人物だと思う」


 おどろいた。

 女が当主など生意気だと言われることの方が多い中で、こんなにも自然に私の努力を尊重してくれる男性は、平民はともかく、貴族ではとても少ない。こちらの方が、感激してしまう。


「あ、ありがとうございます」


 なんだか照れてしまって、返す言葉が震えてしまったかもしれない。

 彼のほおもうっすらと赤いが、私も顔が熱い。二人して顔を赤くしてしまっているのだろうか。


「えっと、ブルック公爵令息の銀髪は、本当におれいですね。木漏れ日が反射して、先程はつい目をうばわれてしまった程です」


 むずがゆいような空気をはらいたくて、とっさに話題を変えてみたのだが、たんに彼はまゆを寄せて私を見返した


「……このかみ。貴女は不快に感じていたのでは」

「え? どういうことでしょうか? 不快に思ったことなどありませんが」

「……俺が貴女の婚約者候補から外された時、老人のようなしらが不気味だから……と……」

「えぇ!? 婚約者候補から外れるとは!? 婚約の打診書には全て目を通しておりますが、ブルック公爵令息からの打診はなかったように思うのですが……っ」


 両親が意図的に隠していたのだろうか?

 そんなことをする人達には思えないのだが、これはどういうことだろうか。


「あぁ、いや、最近の話ではなく、貴女が十歳の時の話だ。俺は候補にも挙がらず、その後エディ・ドリスはくしゃく令息が、貴女の婚約者に決まった」

「あっ、なる程、最初の婚約の時の話でしたか」


 あの時は、エディのおだやかな性格に心を奪われ、他の令息を十分に検討しなかったところがあった。

 まだ幼かったし、仕方ないだろう。だが、それにしても。


「いえ、しかし、シライヤ・ブルック公爵令息の髪を、不快に思ったことは一度もありません。そのように申し上げたこともないと、ちかって言えます」

「そうか……。兄達に聞いたのだが、きっとじょうだんを言われたのだろう。おかしなことを言ってすまない」


 くっ……、彼が屋敷でどんな扱いを受けているのか、今ので察してしまい胸が痛い。

 銀髪は母親ゆずりのもので、公爵家では毛色が違うことをされているという設定が、確かにあったなと思い出した。


「綺麗ですよ、とても。私はむしろブルック公爵令息の銀髪を好ましく感じます。それに、白髪も好きです。父や母の髪にも少し白髪が交じるようになってきましたが、差し色のように入る白髪はおしゃに感じますし。もし本当に貴方あなたの銀髪に白髪が交じるようになっても、それはきっととても魅力的なおじさまになられる予感がいたしますわ」

 うその一つもなく正直に伝えると、シライヤはキュッと口を引き結んでまぶしそうに目を細め、私を見つめた。

 先程よりもずっと頰を赤らめて、呼吸を整えるようにしてからやっとしぼしたように言葉をつむぐ。


「ありがとう……」


 彼はとても……可愛い。


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