「シンシア様、エディ様の意思を尊重するべきです。援助しているからと言って、エディ様をれいのように扱うのはあまりに酷すぎますっ」


 学園のろう。ばったり出くわしたヒロインは、何かをいのるような手を組んだポーズで、大きな瞳をうるうるとさせながら言った。

 なぜこっちに来るかな……。

 そうは思いつつも、次期ルドラン子爵家当主としてのプライドがある。心の内を顔に出すような無様は犯さず、気品あるしゅくじょみを返した。


「お話が見えないのですが。奴隷とはなんのことでしょう」

「気づいてもいないのですね。エディ様は、伯爵家の為にシンシア様に逆らうことができないのです。本当はもっと、したいことも学びたいこともあるのに、シンシア様のままかなえる為に、自分の時間を全て捧げなければいけないんです。シンシア様の側で従わなくてはならないから、友人との語らいを楽しむ時間もない。可哀想だとは思いませんか?」

「それほどの時間を、こうそくした覚えはありませんが。本人に直接かくにんしてみますね。ではこれで……」

「またそうやって、エディ様をおどして言うことを聞かせようとして!」


 この場を後にする台詞せりふを自然な感じに盛り込めたと思ったが、ヒロインに回り込まれてしまった。

 おそるべしヒロイン。ゲームの悪役令嬢シンシアが、ヒロインをぎらいする理由がよく解る。

 ヒロインが大げさな程の声でさわいでいるせいで、ギャラリーは増える一方だ。エディへあこがれをいだいている令嬢達なんか、私が責め立てられているのをうれしそうにながめている。

 かつて婚約を断った家の令息達も数人、おもしろそうにニヤニヤと笑っていた。

 新しい婚約者を選ぶ時に、かれは絶対に候補へ入れないようにしよう。


「あの、何かお話があるようですが、私はこの後大事な用がございますの。ご用件は我が家あてに、お手紙にしていただいてよろしいかしら」


 できるだけ穏やかな声で、笑みを向けてそう言うが、悪役令嬢シンシアの顔では意味がないのかもしれない。

 燃えるような赤髪に赤い瞳、美しいがキツそうな顔つき。正に悪役令嬢としてデザインされたこの身体からだでは、せいれん潔白な人間を演じるのは無理がある。

 このはくりょくのおかげで、数少ない次期女当主という立場を護りやすいのは、とてもいいことなのだが……。


「家の権力で私をだまらせるつもりですかっ! でも私、負けません! 正しい行いは、必ずむくわれるものだもの! 絶対にエディ様を救ってみせます!」


 この後の大事な用というのは、エディとの婚約解消の話し合いですの。と言えたら、どんなに楽なことか。

 しかし次期子爵としては、まだていけつされていないけいやくを、さも決定こうのように語ることはできないのだ。

 せめて婚約の解消が決まった後なら、このヒロインを追い返してやることもできたというのに。

 タイミングが最悪すぎる。明日来て欲しかった。


貴女あなたが、エディ・ドリス伯爵令息を大切に想っていることは解ったわ。でも本当に、今は時間がないの。だからごめんなさいね……」


 あえてにんぎょうに婚約者を呼べば、さとい者達は多少のざわつきを見せた。が、私が強がっているという見解の方が多いだろう。以前の私は、明らかにエディへ愛を向けていたのだから。

 前までのおろかな私をふっしょくする為にも、一秒でも早く婚約の解消を進めたいというのに。

 この考えなし女……。


「待ってくれ、シンシア。エリーの話をちゃんと聞いて欲しい」


 考えなしが増えた。

 ギャラリーの中から掻き分けるようにして登場したのは、夕焼け色のつややかな長い髪が美しい、私の可哀想な婚約者エディ。

 その美しい髪は、私が過保護に整えていたからこそ保たれているのだが、婚約を解消すれば二度と私の手が入ることはない。果たしてエディは、自分でその髪をできるのだろうか。

 というか、エリーってヒロインの名前なのか。

 あのゲームでは、自由に名前をつけられるから知らなかった。

 エリーとエディでずいぶんゴロがいい。勝手によろしくやってくれ。私は他人となって関わらないから。

 エディはれいな顔を切なそうにゆがめて、まるで悲劇のヒーローかのように語り出した。


「エリーに言われて気づいたんだ。僕は今まで、ずっとえてきたんだってことに。エリーの言うように、僕にだってやりたいことや学びたいことがあった。友人と遊びに興じたい日もあったんだ。でも僕は、君の為に全てをまんして、君の望むように生きてきた。どれだけもったいないことを、していたんだろうって気づいたんだ」


 ヒロインに言われてから気づくって、なんなのだろうか。

 さっきもヒロインに言ったが、そこまでエディを拘束した覚えはない。

 そんなにエディにかまけていたら、私もやりたいことがやれない状況になってしまうじゃないか。

 私がエディと会わず、領地経営を学び、視察に出かけ、必要な交流をこなしている間、エディは何をしていたのだろうか。

 彼のことだから、ただぼーっとしていただけなのだろう。

 かつての私は、彼の穏やかなところが気に入っていた。

 しかし今になってみれば解るが、穏やかというよりは、彼はただ自分のやりたいことも解らない、意見のない人間であっただけなのだ。

 それでも無害であるなら可愛らしいとも思えただろうが、残念ながら彼は害のある優柔不断男に成り下がってしまった。

 現在進行形でそれは加速しているようだ。


「そうですか、ドリス伯爵令息。この後話し合いの時間はありますので、とりあえず移動しましょう。本日の我が家との話し合いの件は、伯爵様からお聞きになっているかと思いますし、続きはその場で……」

「もう止めてくれ! うんざりだ! なんの話し合いかは知らないが、また金の力で伯爵家を脅す為の話し合いなんだろう!? 僕は行かない! 今日初めて、僕は君に逆らう! これは一人の人間として、僕の正当な権利だ!」


 うそでしょ。内容聞いてないの? 話してない? そんなはずあるか。話されたけど、ぼーっと聞き流していたんだろう。もしくは昨日早々にヒロインに攻略されて、私へのきょ感から話を聞くことをこばんだとか? 本気で今日の話し合いに出席しないつもり?


「子爵家が伯爵家を呼びつけるなんて、身の程知らずもいいところだわ」

「やっぱり、お金の力でエディ様をしいたげていたのね! この悪女!」


 エディの取り巻きの女子生徒達は、私が想像通りの悪女だったのを喜んで口々にそんなことを言う。

 呼びつけてないし。今日の話し合いも、伯爵家で行われるし。


「本日の話し合いは、非常に重要なものとなりますが……。出席されずに、どちらへいらっしゃるのです? 何か大切なご用事でも?」

「僕は君に、プライベートを全て明かさなければならないのか? 僕には僕の予定があるんだ!」


 めずらしくエディは激高する姿を見せた。これは本気で、話し合いに参加しないつもりのようだ。

 ちょっと待てよ。

 それなら、多少こちらに有利に婚約の解消を進められるかもしれない。

 婚約解消の理由付けに、私が大げさに話しても、否定する本人は不在なのだから。

 違約金……。かなり減額できるかも。

 それどころか、今こうして大勢の前で私を悪し様に言っていることを持ち出せば、違約金はチャラでは? これだけの証人もいる訳だし。


「我が家にそのつもりはありませんでしたが、金銭による脅しを受けていると感じておられたのですか?」

「実際そうだろう! 一時的に経営難におちいっているからと言って、援助金をたてにドリス伯爵家を脅して、僕を言いなりにさせた」

「婚約者としていっぱん的な交流しか望んでいないつもりでしたが、ドリス伯爵令息にとっては、脅され、奴隷のように扱われていると感じていたのですね。そしてそれを今日この場で、止めたいとおっしゃるのですね?」

「そうだ! 僕は奴隷扱いだった! もう絶対に君の言うことなんて聞かない。今日で君の玩具おもちゃになるのは止める。僕は自由になる権利があるんだ!」


 すごいな。面白いぐらいにげんが取れる。

 これが夫になっていたら、将来領地を任された時に、足を引っ張られまくっていたかもしれない。

 思いとどまれて本当に良かった。今となっては、エディとは絶対にけっこんしたくない。


「シンシア様! ご自分の間違いを認めてください! エディ様を解放してあげて! これ以上エディ様を苦しめないで!」


 ヒロインは瞳にいっぱいなみだめながら、あわれな様子でその場に座りこんだ。

 おっ、これなら回り込んで私を止めるのは無理そうだ。いいぞ。


「いいえ。脅したつもりはありませんし、援助は婚約者の家への善意です。ですが、ドリス伯爵令息がそのように感じていたことは、本日のドリス伯爵家との話し合いで取り上げさせていただきます。十分に検討させていただきますわ。お二人のお気持ちを話してくださって感謝します。話し合いにご出席なさらないのは残念ですが、出欠を決めるのは本人ですから、どうぞご自由になさって。私は強制いたしませんわ」


 がおをエディへ向ければ、彼はパッと嬉しそうに顔色を変えた。そうして、座りこむヒロインへる。


「ありがとう、エリー! 君のおかげで、僕は解放されるよ! これからは自由だ!」

「エディ様、良かった! 私、エディ様が心配で……っ」


 はいはい、お似合いお似合い。二人とも末永くお幸せに。二度とこっちに来ないで。


「話し合いにおくれてしまうので、私は失礼しますわ」


 二人の世界にひたっているおかげで、小さくそう声をかけた私の進行を邪魔されることはなかった。

 急ぎ帰宅した私は、今日の出来事を両親へ伝える。

 ありえないような出来事に何度も事実を聞き返されたが、証人が多くいることもあり、違約金の支払い責任をにできると喜ぶと同時に、まなむすめとルドラン子爵家を馬鹿にした発言にいかりやあきれを見せるという百面相をろうされることとなった。

 話し合いの結果だが、国の調停人をきゅうきょ呼びつけ婚約の解消をすることに成功した。

 当初はこちらが違約金を払うつもりでいたのもあって、内々の話し合いだけで終わらせるつもりだったのだが、エディが最後にやらかしてくれたおかげで、とても有利にことを運べた。

 違約金もなし、これまで行ってきた援助も一部取り消しとなり、全額ではないがへんかんされる。

 証人の確認が取れるまではと少しごねられたが、数日もたないうちに言い訳できない程の証言が集まった。

 結局、裁判に持ち込むのをあきらめたのはドリス伯爵家側だ。

 見事に立場が逆転した。

 逆に違約金をせいきゅうできるくらいではあったが、金のない相手に請求したところで、支払ってもらうこともできずに、ただダラダラと関係が続いてしまうのならば、勉強代だと思ってスッパリ終わらせることをせんたくした。

 これでルドラン子爵家とドリス伯爵家は赤の他人となれる。

 うちにたよればいいと思っていたドリス伯爵家は、これから相当な苦労をいられるだろうが、元々自分達で解決しなければならなかった経営難なのだから、少し遅れて苦労するだけの話だ。

 援助金の全額返還でないだけ、むしろ得をしているのだから、ドリス伯爵家はしゅくしゅくと受け止めて欲しい。

 さらば、エディ。さらば、ドリス伯爵家。さらば、夕焼け色の髪。

 お互いに、二度と関わらない人生を送ろう。


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