ヒロインに婚約者を取られるみたいなので、悪役令息(ヤンデレキャラ)を狙います

宝 小箱/ビーズログ文庫

1話 サクッと婚約解消

 


 一人ひとりむすめちゃくじょの私、シンシア・ルドランには、〝可哀かわいそうこんやくしゃ〞がいる。

 我が家はしゃく。しかし領地経営がみぎかた上がりのおかげで、我が家よりも高位のしゃくを持った家から婚約のしんが多く届いていた。その中には、ぐ爵位がないこうしゃくの三男までいたくらいだ。

 そして数多くの打診から選ばれたのは、はくしゃくの次男。エディ・ドリス。

 夕焼けを思わせる色のかみひとみに、のんびりとした性格が気に入って、私の方から彼がいいと父へ伝えたところ、トントンびょうに婚約が決まった。

 おたがい仲良く関係を築いていたつもりだったが、いつしかエディは可哀想な人としてあつかわれていく。

 というのも、彼は成長するごとに顔が整っていき、今では少しほほむだけではかなげな美少年を演出するまでになり貴族れいじょうたちからの人気がばくがりしたことと、ドリス伯爵家が経営難で我が家からえんじょを受けていることが相まって、私がお金で無理やりエディを婚約者にしたと信じられているからだ。


 ルドラン子爵家と親交のある者ならば、私達がそんなことをする家族ではないとわかってもらえるだろうが、残念ながら私達の主な交流先は、平民の商人達。

 貴族家とは、社交パーティーやお茶会で上辺の交流をすませるだけ。

 それも、経営が上手うまくいっている我が家へのしっが先に立てば、上手くいくものもいかないものだ。

 多くの貴族からの婚約の申し出をったのも、少なからずえいきょうしているだろう。

 せめてエディが美少年に成長しなければ……。

 いや、それは本人のせいではないので、文句は言うまい。しかしだ。

 可哀想な人として扱われる現状に対して、彼がしっかりと否定すれば、でたらめなうわさも少しは落ち着いただろう。


「お可哀想に、エディ様……。お家のために身をせいになさるなんて」

「これでは、お金で買われたも同然だわ。こんなのってひどすぎる……」

「心配してくれてありがとう。僕はだいじょうだよ。こんなに可愛かわいい子達に、気にかけて貰えるなんて光栄だな」


 ちがうでしょ! そこは「ドリス伯爵家から打診した婚約であって、ルドラン子爵家にいされた訳じゃないんだよ」って言うところでしょ!

 学園のほこる庭園で、我が可哀想な婚約者様は、愛らしい貴族れいじょうに囲まれている。

 のんびりとした性格が好ましかったエディは、そのおだやかな性格を悪い方向へとばしてしまった。

 自分へちやほやと群がる令嬢達をきょぜつすることもなく、全てにいい顔を見せて、聞こえのいい言葉をく。

 相手の言葉を否定もせず、あいまいな態度でこうていするかのような姿勢を見せる。

 簡単に言えば、ゆうじゅうだんに育ったということだ。

 そんなエディでも、私は将来の夫として愛をささげ、彼に群がる令嬢達へみつく勢いで嫉妬をあらわにしていたし、現状を見かねた両親から婚約解消を提案されたが、彼以外考えられないとっぱねていた。

 ……昨日までは。


「あんな男にれていたなんて、強制力ってやつだったのかしら」


 薔薇の庭園を後にしながら、ポツリとつぶやく。

 今朝起きた時、私はいきなり前世を思い出した。そして、この世界が、前世でプレイしていたれんあいアプリゲームの世界であることにも気がついた。

 ゲームの世界へ転生なんて、そんなことがありえるのだろうか。しかしこうして実現してしまっている以上、受け入れるしかない。

 私の役どころは、悪役令嬢の一人。

 エディ・ドリスのこうりゃくルートに登場して、ヒロインである主人公をじゃしまくる敵キャラだったのだ。

 ゲームでは正しく、エディをお金で買った婚約者として悪役令嬢の限りをくすシンシアだが、そんな設定は私に当てはまらない。

 私はただ、相手からの打診であった婚約を受け、いちに婚約者を愛そうとしただけではないか。それを悪役令嬢だなんて言われても困る。

 多少しゅうちゃくしていたところはあったかもしれないが、不思議なことに前世を思い出すと、エディ・ドリスなんて少しもりょく的な男には思えなかった。

 顔がいいだけがの優柔不断男を、どうしてじんおもいをしてまでつなめなければならないのか。

 それよりも将来の夫として、領地経営のうでがある男を探した方がずっとルドラン子爵家の為になる。

 そもそも、婚約者が悪く言われていても平気な顔をして、まもろうともしない男とふうになるなんて、仮面夫婦まっしぐらじゃないか。どう考えても、この婚約は我が家に損しかない。


「婚約の解消を進めて貰わないと……。やく金をはらうことになりそうなのは、申し訳ないけど」


 なっとくできないが、おそらく違約金を払うのはこちらの方だ。

 エディは決定的なミスをおかした訳ではない。

 婚約者として私をエスコートすることも、誕生日や祝いごとでカードやプレゼントをおくることもこなしている。

 婚約者としての交流も欠かしたことはないし、貴族令嬢にモテること自体は罪ではない。

 噂を流しているのがエディでもなければ、彼が噂を肯定することを口にした訳でもない。

 ただ、心配してくる令嬢へ、お礼の言葉を伝えているだけなのだ。

 違約金のはらい責任について裁判を起こしたとしても、これではこちら側が負けてしまうだろう。

 時間と労力と金銭を消費するだけというのが解りきっていては、両親もな争いはせ

ず、ただ違約金を払って早々と終わらせ、私の新しい婚約者探しに時間をきたいと思うはずだ。


「せめて、もう少し早く前世を思い出していれば……。婚約を結ぶ前だったら、絶対にエディは選ばなかったのに」


 自分が悪役令嬢扱いをされると解っていれば、エディの婚約の打診なんて真っ先に送り返していただろうに。非常にやまれる。

 それとも、思い出せただけマシとでも思った方がいいのだろうか。

 とにかく、一刻も早く悪役令嬢のポジションからはなれて、将来の安定をえた相手を選ばなければならない。

 いまだ婚約相手が決まっていない令息達の顔をおもかべながら、学園の正門へと歩いていると、学園長と数名の大人、そしてももいろの髪がとくちょう的な愛らしい少女が向こうを通り過ぎた。

 来たのね、ヒロイン。

 例の恋愛ゲームは、ヒロインの顔がえがかれるタイプのものだった。

 甘そうな桃色の髪と瞳に、欲をてるような顔の美少女は、ちがいなくヒロインだ。

 ゲームの設定通り、下町で身寄りもなく暮らしていたが、たまたま助けただんしゃくに拾われて、学園に転入手続きに来たというところだろう。

 ヒロインがどのルートを選ぶのかは知らないが、たとえどのルートを選んだとしても、私としてはありえないの一言に尽きる。攻略対象達には全て、ライバルとなる婚約者やこいびとの悪役令嬢がいるのだ。

 その令嬢が本当に悪役のような性格であったとしても、人の婚約者を横からうばうようなをしていいはずがない。

 貴族としてだけではなく、人としても道理に反している。

 前世ではたかがゲームと思って、そんなことは気にしていなかったが、この世界が現実に生きる世界となると話が違ってくる。と、そこまで考えて気づいた。

 私が明日にもエディとの婚約を解消してあげれば、ヒロインはなんのうれいもなく恋愛が楽しめるではないか。

 彼女がエディルートを選ぶとは限らないが、少なくとも、ルートの一つは健全なものにしてあげられる。

 ゲームの世界に転生してしまったようだと気づいた今朝は、絶望にも近い取り乱し方をしてしまったが、少しでも自分や周りのじょうきょうを良くする手段を講じられるなら、先を知っているこの世界というのも悪くはないような気がしてきた。

 とはいえ、ヒロインはヒロインで勝手に人生を生きて欲しいので、私が特別に何かゆうどうすることはないだろう。

 ただ、自分の幸せの為に婚約を解消すると、結果的にヒロインが歩める道の一つを少し良くしてあげられるというだけの話。

 彼女がエディを選ばず、他の攻略対象を選んだとしても、だれも選ばずに独身貴族を楽しむとしても、私には関係ない。

 さらば、ヒロイン。私は私の幸せを目指します。

 と、心の中で決別を言いわたしたヒロインだったが、翌日になって顔を突き合わせることになってしまった。

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