41 夜会(1)

「……お手を」

「黙れ」


 差し出されたシルヴァンの手をパチンと弾いて、そそくさと馬車から降りるノエル。

 王城からほど近い場所に建てられた立派な宮殿。心地よい音楽と綺羅びやかな灯り。庭園を見れば、立派な噴水、色とりどりの花々、丁寧に剪定されたトピアリー。まさに優雅を形にした場所だった。

 この日、カストール公爵が主催する夜会が、まさにこの場で行われていた。


 シルヴァンはぴっちりとした白い騎士の礼服に身を包み、対するノエルは仕立てたばかりの真紅のドレスを纏っている。

 彼らがこの場を訪れたのは、もちろん公爵とレオノーラの関係を暴くため。

 何もなければ、それに越したことはないが……関係者たるセノスがこの会について言及している以上、なんらかの繋がりがあることは容易に想像できる。


「シルヴァン王子、この方は?」

「俺の連れ……遠縁の伯爵家令嬢だ」

「そうでしたか、では」


 入口で尋ねられるも、シルヴァンの言葉にすぐに納得した衛兵。

 王子という立場があれば、一人の人間を夜会に連れて行くなんて簡単なことだった。

 巨大なドアが開かれ、広間へと案内される。そこはたくさんの人で溢れ、ざわざわと様々な会話が入り交じっていた。


「……転びそうだ」

「俺の手でも繋げ、ノーラお嬢様」

「……………………」


 慣れないヒールに四苦八苦するノエルに対し、手を差し伸べるシルヴァン。半分はからかい、半分は大真面目だ。

 だが女性扱いされることに、ノエルはキレた。

 彼はその手を無言で拒否すると、ゆっくりと前へ歩き出した。


「はは、振られちまったな」

「おい、早く来い」


 やや緊張感に欠けるシルヴァンに、ノエルは眉間にしわを寄せた。魔族がいつ表れてもおかしくないのに、悠長なことである。もはや、二人の間で約束しておいた「ノーラ」という偽名を使われることすら腹立たしい。

 ノエルはそんな彼を放っておいて、混雑した会場内からカストール公爵を探す。

 まず彼を見つけなければ話にならない。


「……おい、いたぞ」

「そうだな」


 先程とは打って変わって、きりりとした表情で二人は一点を見つめた。

 白髪混じりの頭、上品に整えられた髭、紛うことなきカストール公爵だった。彼は広間の二階にあるバルコニーから、会場を見下ろすようにワインを嗜んでいた。

 あのバルコニーは、カストール公爵が直々に呼んだ客人しか入れない、いわばVIP席である。シルヴァンの王子という肩書を用いれば、入ることはできるだろうが。


「待つか」

「しばらくは……パーティーだな」


 ノエルの存在が怪しまれるリスクも高い。どうせそのうち下に降りてくるのだから、二人はそれを待つことにした。シルヴァンは、会場を歩くウェイターからシャンパンを貰い、ぐいっと飲み干す。


「なあ、俺たちが社交界に出たのなんて何年ぶりだ?」


 ノエルは適当な椅子に腰掛け、体勢を崩してややだらしなく座る。


「俺は四年ぶりだ」

「俺も二年前が最後だ。仕事を理由にして断り続けた」


 二人はともに会場を見回した。

 優雅で豪華、だが実際には欲望に満ち溢れたこの独特の雰囲気に、ある種の懐かしさを感じていた。ノエルもシルヴァンも、騎士団の上役という都合上、このような社交界に顔を出す時間はない。

 ……というのは建前で、ただ単に二人ともこういうものに興味がないだけなのだが。


「あと、ノーラ……お前そんな喋り方はやめてくれ。”私”だろ」

「……すまない」


 シルヴァンは小言をいう教師のような口ぶりだった。だが、その真っ当な指摘であることは確かだったので、ノエルは軽く謝っておいた。


「生憎、こんなところにいる女に興味はない。だから優先度が低い」

「そうは言っても、そのうち婚姻を結ばなければならないだろう? 殿下」


 シルヴァンの吐き捨てるような言葉に、ノエルは敢えて「殿下」という言葉を使う。

 彼は騎士団の総長であると同時に、この国の王子でもあるのだ。歳もそれなりだ、婚姻を結ぶのも近い将来必ずあるだろう。

 そんなことを想像したシルヴァンは、突如、ノエルに対して命令口調で告げる。


「おい、立て」


 不審に思いながらも、素直に立ち上がるノエルに対して、更に命令は追加される。


「こっちだ」

「お、おい……」


 すっと掴まれたノエルの細い手。強い力だったが、不思議と拒否感を感じるものではなかった。

 彼の強引なエスコートで、ノエルはすぐに広間の中心へと連行される。

 奏者による優雅な音楽が響き渡り、開けられた空間で数名がゆったりとダンスをしている。


「踊るぞ」


 ちょうど、曲の切れ間だった。

 一言そう告げたシルヴァンは、ノエルを表へと連れた。すぐに次の曲が始まる。

 情熱的で、先程よりもテンポの早い舞踏曲だった。


「なんのつもりだ……?」


 ノエルの問いかけに、ふっと笑うだけのシルヴァン。

 曲は既にはじまっている。意図が分からず戸惑いが隠しきれないノエルだったが、彼にできることは、ただシルヴァンのリードに乗って踊ることだけだった。

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