39 騎士団総長(3)

 料理が運ばれてきた。

 シュリンプアンドチップスは、その名の通り、フレンチフライと揚げたエビを盛り合わせただけの料理。レモンを全体にかけ、酸っぱいトマトソースにどっぷりと浸し、それをエールで流し込むのが最高なのだ。


 ――自身をノエルだと名乗る少女は、エビを口に放り込んで、サクサクと音を立てながら咀嚼した。


「………………すまない、理解ができないんだが」

「言葉通りの意味だ」


 シルヴァンの困惑をよそに、少女は2尾目のエビをつまむ。

 彼はただ、エールを口に含むことしかできなかった。空腹に流し込む酒は、悪酔いしやすいのにも関わらず。


「俺は『レオノーラ』と名乗る魔族に肉体を奪われ、入れ替えられた。……仲間を皆殺しにされてな。これは――俺の仲間を殺した体だ」


 重々しく語った少女に、シルヴァンは思わず息を呑む。


「つまり、昨日お前が会ったのは、騎士を惨殺した魔族――俺の姿をした化け物だ」

「そんなわけ……ある……のか?」


 シルヴァンは言葉を失った。

 ……目の前にいるのは、確実にノエルではない。明らかに、少女。

 それも今は姿を隠しているが、魔族の少女である。


 そんな彼女の言うことを信用するなんて、頭がおかしいと言われても仕方がないのかも知れない。

 だが、昨日会ったノエル本人よりも、目の前の魔族の少女のほうが、明らかに『ノエルらしい』のだ。

 表情、話し方、立ち振舞。既にシルヴァンはそのことに既に感づいていた。


「嗚呼、なにか無いか! お前がノエルであるという証拠は」


 まだ心の何処かで引っかかっていた。

 当然だ。そんなことができる魔法なんて、今まで見たことも聞いたこともなかったからだ。まだ目の前の少女が、本物の魔族であるという可能性も十分に残されていた。

 そう、信じきれなかったのだ。だから、シルヴァンは彼女に縋った。……なにか、この少女がノエルであるという証明があれば。



「……あれは5年前くらいだったか」


 唐突にも少女は語り始めた。

 昔話でも始めるかような珍妙な語り口に、シルヴァンは疑わしそうな目で彼女を見つめた。


「ここから数ブロック離れたところに、『フェアリー』という名の酒場があった」

「……?」


 どこかで聞いたことのあるような名前に、シルヴァンは動揺する。


「そこでお前は一人の女に出会う。茶髪の可愛らしい女だ」

「おい待て」


 嫌な予感がした。思わずシルヴァンは、話を止めさせようとした。

 だが、それを華麗に無視した少女は、ついにキーとなる言葉を口にする。


「――確か名前は……ジーナだったか」

「おい、やめろ!」


 それは、シルヴァンにとって忌々しい記憶。

 彼は、酒に酔った勢いでジーナという女にアタックした。甘いフェイスを持つ彼にとって、場末の女を口説くことなど余裕だった。


 ……だが上手だったのは、実は女の方。彼女は窃盗団の一味だったのだ。

 シルヴァンを更に泥酔させたのち、意識が朦朧としているうちにあらゆる金品を強奪。なんなら、それなりの国家機密が含まれる書類までも盗られてしまった。

 彼はすぐにノエルに助けを求め、犯人はあっという間に捕縛。盗まれた物品も無事に戻ってきたが……これでめでたしというわけにはいかない。

 

 これは騎士団……ひいては王国の沽券に関わる重大な事件であった。

 そもそも王子が巷で女を口説いているというのも問題だし、そこで窃盗の被害に遭うというのも前代未聞だ。当時副総長であった彼の経歴に、泥がつくことは確実だった。


 ――故に事件は、隠蔽された。

 事件は騎士団内で内密に処理され、犯人は国外追放となった。異例の対応である。そして、世間にこのスキャンダルが露呈しないよう、事の顛末を知る一部の人物が昼夜を問わず奔走した。様々な工作を施し、事件は闇に葬り去られたのである。……すべては、シルヴァンの名誉を守るために。

 その事件を知る数少ない人物の一人が、このノエルだというわけだ。


「分かったか?」

「ああ十分だ。……もう二度と、その話はするな」


 これは彼にとって重苦しい黒歴史であり、まさかそれが今になって掘り返されるとは思っても見なかった。苦悶した表情を浮かべるシルヴァン。

 だがこれは同時に、喜ばしいことでもあった。

 この少女の正体にようやく確信を持てたシルヴァンは、先程までとは異なる驚きの表情を見せた。


「本当に……お前なんだな」

「先程から言っているだろう」


 少女は、エビをつまんだ。

 シルヴァンはそんな彼女に対して、優しく言葉をかけた。


「ノエル、大変だったな」

「……ありがとうございます、総長」


 仲間が殺され、そして肉体を奪われ、その心労は計り知れないものであっただろう。そんな彼に向けた、上司という立場として、そして一友人という立場として、心の底から出た労いの言葉であった。

 少女――改めノエルは、口調を正し感謝の言葉を述べた。

 そうしてシルヴァンは、空になった自身のグラスを見て店主に注文をする。


「エールを2杯くれないか」


 これにノエルは、苦々しい表情をして抗議した。


「俺が酒を飲めないのは知っているだろう?」

「今夜くらいは、すべて忘れることだな」


 はぁとため息をこぼすノエル。

 これが労いの酒であることは十分理解できた。だが、正直言ってありがた迷惑だ。


 ……シルヴァンは知らなかったのだ。

 ノエルが酒を飲めないというのは、酒に弱いからではなく、酒の味が好きではないからであった。むしろ、酒にはめっぽう強い方である。


 だからせめて、比較的飲みやすい果実酒やカクテルでないと飲めないのだが……折角の好意を無下にするわけにもいかず。


「……………………分かった」


 ノエルはただ一言で答え、悶えながら苦々しい液体を口に含むのだった。

 せめてもの抵抗で、この日の会計はシルヴァンの奢りにしてやった。

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