第3部 王都
36 支団長ヘルマン
第十騎士団、北東部支団長ヘルマン。
彼はその才覚を買われ、三年前にこの地位に就いた。国内でも比較的平和な北東部ではあるが、全くのトラブルがない訳では無い。
違法な物品、不法移民、魔物の発生など。――特に西にある谷に住み着いたグリフォンの群れには、非常に手を焼かされていた。彼らは少数で集落を襲い、農作物や家畜などの食料をかっ攫っていくのだ。
次どこで発生するかも分からず、そして、大元を叩こうにも彼らが住まうのは断崖絶壁に作られた洞穴の中。到底、簡単に討伐できるような状況ではなく、その対応に苦慮していた。
――しかも、人を積極的に襲わないというところもいやらしい。もちろん、怪我をする人間がいないわけではない。家畜を守ろうとした住民が、グリフォンに押し倒され大怪我を負ったこともある。だが逆に言えばその程度だった。
重大な被害がない為、他からの援護も手薄だった。人が死なないのなら、無理に討伐する必要はないだろう、と。いつも稟議が通らず、実質的に対応が放置されていたのだ。
それが……この短時間で解決してしまうとは。
砦に突然現れた魔族。白銀の長髪に真っ赤なルビーのような瞳。見惚れそうになるほどの美貌に、恐ろしささえ感じられた。
彼女が圧倒的な力を持っていることは明らかだ。いとも簡単に牢を破壊し、部下を脅しながらやってきたときは度肝を抜いた。
死をも覚悟したヘルマンだったが、彼に突きつけられた要求は非常に軽微なものであった。「報告を行わないこと」と「馬を用意すること」――もっと無理難題を突きつけられると思っていた彼は、拍子抜けした。
魔族は残虐――つい最近も、アルタ山で騎士たちが惨殺されたという一報を聞いた。魔族は、話の通じない化け物だと、ヘルマンは今までそう思っていた。
だから、その彼女の対応に違和感を感じた。まさかとは思い、ダメ元で聞いてみた「グリフォンの群れを討伐して欲しい」という願いも、あろうことか了承してくれた。
……この魔族の女よりも、その横にいる黒髪の女のほうがよっぽど怖いくらいだった。
――そして、戦いの末、グリフォンは討伐された。
いや、これには語弊がある。……彼女は、グリフォンの群れを服従させた。圧倒的物量の魔法によって、抵抗する意思すら奪い去ったのだ。
(そんな馬鹿けたことが、あるわけ……)
ヘルマンは現実逃避気味に空を見上げた。
魔族の女は、ヘルマンの方を見て口を開いた。
「彼らが人を襲うことはない。あと馬は不要だ」
魔族の女は、先程まで怒涛の抵抗を見せていたはずのグリフォンに騎乗し、空を飛んでいたのだ。
彼女はそれだけを言い残すと、別のグリフォンに騎乗した二人の仲間と、その護衛であろう数頭のグリフォンを引き連れて、夕闇に消えてしまった。
礼を伝える暇もなかった。
……だが、彼女らが飛んでいったのは、他でもない王都の方向であることはヘルマンも理解していた。
「これは……報告すべきなのか……?」
ヘルマンは、グリフォンの隊列の後ろ姿を見送りながら呟いた。
彼女との約束を守るべきなのか、それとも王都へ危機を知らせるか。究極の二択を迫られるヘルマンは、もう姿が見えなくなってしまった空をただ見つめるだけであった。
◇
『主様、こちらの方向で宜しいでしょうか?』
「ああ」
なりに似合わない丁寧な言葉遣いにノエルは感心する。
国境を離れ、王都に向けて出発したノエルたちは、闇夜をぐんぐんと進んでいくのだった。
空路であるため、路面の状況に左右されない。騎馬なんかよりもずっと速く移動ができ、大きく時間が短縮できることは間違いなさそうだった。
「もうすぐだな……」
水平線の先から、夜でも煌々と輝く灯りが見えた。建物があり、城壁があり、その中央に城が鎮座する。まごうことなき、リンドブルグ王国の王都だった。
普段見ることのない高さからの光景に、美しいと感嘆すると同時に、より気が引き締められる思いになった。
そしてふと横を見れば、カインとアンヌがグリフォンに揺られていた。
アンヌは、ノエルの視線に気づきぶんぶんと手を振る。その一方、カインは高所が苦手なためか、ずっと震えたままでノエルの視線には気付いていなかった。
やがて王都が近づくにつれて、街に住む人々の姿が鮮明に見えるようになってくる。人気のないところを目指し、誰にも見られないように慎重に街へ侵入する。
ゆっくりと、ゆっくりと、丁寧に高度を下げ、その二本足でしっかりと地面へ――、
――ガラガラガッシャーン!!
盛大な音を立てて、グリフォンは着陸した。いや、これはもはや不時着。
着陸時に距離感をミスった頭領は、あろうことか納屋に衝突し、その巨体で大きな穴を開けてしまった。
グリフォンにもノエルたちにも怪我はなかったが、
『主様、申し訳ございま――』
「おい、早く飛び立て」
ノエルの指示によってグリフォンたちは、逃げるように夜空へと飛び去っていった。
「おい、君たち大丈夫か!?」
「ありゃ、魔物か……?」
案の定というべきか、周辺の住民が物音を聞いて集まってきた。
……ノエルたちにとって、あまり注目されるのは望ましくない。
ノエルはすたっと立ち上がると、集まってきた住人に対して説明をする。
「魔物が家だけを破壊して、飛び去っていった……我々は大丈夫だ、怪我もない」
そう言い残した三人は、スタスタと現場を離れるのだった。
王都という安全な場所での魔物の登場に、もちろん辺りは大騒ぎになったが、それはノエルたちの知るところではない。
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