35 従属
ノエルに対し
その様子に戸惑うノエルとカインだったが、……グリフォンのうち一頭がこちらへとゆっくりと歩み寄ってきた。
そのグリフォンは他の個体よりも体が一回り大きく、その額には大きな傷があった。傷とはいっても今回の戦闘で発生したものではなく、過去の古い傷が跡となって残っているのだろう。
ノエルは少し身構えるも、そこにもはや敵意は感じられなかった。そのグリフォンは他の個体と同じように頭を下げる。
すると、その胸元が淡く輝き出した。
なんらかの魔力が発せられていることはノエルにも感じられたが、それがなんの魔法なのかは分からなかった。
「団長、これ……」
カインが何かを言おうとした時、ふと後ろからゆっくりとした拍手が聞こえた。
「……セノスか」
「団長、知り合いっすか?」
「以前に会ったことはある……が」
ノエルのその含みを持たせた言い方から、カインは警戒を緩めなかった。剣を握り直した彼は、今すぐにでも斬りかかる準備が出来ていた。
「まさか『従属』させるとは、お見事だよ!」
「小細工をしたのはお前だな」
語気を強め問いかけるノエル。
ピリピリとした空気が辺りを支配するが、当のセノスだけは我関せずといった体だ。
「小細工とは人聞きが悪いなあ。僕は君たちを助けてあげただけだよ。
少しだけ魔力の流れを弄って……ちょっとだけ闇魔法で演出をしただけさ」
ノエルはその不可思議な行動に猜疑を深めたが、さらにセノスは言葉を続ける。
「――それに、そいつが従属したのは、そいつ自身の意志だ」
「どういう意味だ?」
そう聞き返したノエルに対し、セノスは答えようとしたが、横から割って入る存在があったことで遮られた。
「ノエル様が、このグリフォンの群れを手中に収めたということですよ」
「アンヌ、久しぶりだね!」
明るく話しかけるセノスだったが、アンヌは彼を視界にも含めず無視した。
それを見たセノスは悲しそうな表情を浮かべたが、非常にわざとらしいもので、誰が見ても本当に悲しい気持ちをしているとは思えないものだった。
「君は酷いなぁ」
「私たちに何の用ですか? 貴方には自分の仕事があるでしょう」
「いやいや、こっちのほうがどう考えても楽しそうでしょ!
何なら僕も同行しても――」
「結構です」
きっぱりと拒絶するアンヌ。そして彼女はセノスをまたもや無視すると、ノエルに対して人が変わったように笑顔で解説をはじめた。
「ノエル様、このグリフォンはこの群れの頭領かと思われます」
「……頭領?」
「ええ、そうです。……そしてこの頭領の胸に刻まれているのは、従属の魔法です。契約魔法の一種で、その身命を
ノエルは、再び頭領の胸に刻まれた術に目を移した。
「こいつは、それを自分に使ったということか?」
「ええ、そうです。ノエル様を主人だと見なしているようですね」
この頭領とやらは、どうやらノエルに従属するような契約魔法を自身で使用したということらしい。さしずめ、ノエルの圧倒的威力に恐れ慄いたためであろう。
またそれはセノスによる”演出”の効果でもある。ノエルの炎魔法を操り、実際の威力よりも大きく見せる。さらにそこに演出として闇魔法を加えることで、ノエルを末恐ろしい存在だと感じた。
「それに従属魔法の特徴として――」
アンヌの言葉の途中で、ノエルの頭の中に声が響き渡った。
空気の振動ではなく、契約魔法を媒介して行われる会話だ。そしてこれは、アンヌが言おうとしていた説明そのものであった。
『新たなる主様よ、私共は貴方への生涯に渡る忠誠を誓います。故に、若い衆の命だけはご勘弁願いたい』
「ああ、なるほどな……」
ノエルは、その
そしてその声からは、悲壮感に満ち溢れた震えが感じられた。
この頭領は他の個体よりも随分体が大きく、そしてその佇まいからも唯ならぬ存在であることが分かる。おそらく内包している魔力も、通常のグリフォンよりも膨大なのだろう。……言葉を操る魔物は、上位の個体にしか見られない特徴であるから。
そしてその頭領が、自分の命をもって、仲間だけでも守ろうとしていることは明白だった。
……ノエルとしては、会話ができた手前、これ以上執拗にグリフォンを攻撃する気には到底なれなかった。
「分かった。だが……お前たちが周辺の集落に被害を与えていると聞いた。今後そういった行為を行わないのなら、お前の望むようにしよう」
『……承知しました。厳命いたします』
グリフォンは低い声で鳴いた。この頭領との会話はノエルにしか聞こえていないようで、周りの者にはただノエルが独りで喋っているようにしか見えなかっただろう。
だが実際には、ノエルの指示は数十にも登るグリフォンたちに漏れなく行き渡り、今後彼らが集落を襲うこともなくなるだろう。
「ノエル様、今このグリフォンと会話しているんですよね……?」
「ああ、そうだが」
「……なら、いい考えがあります」
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