33 脱獄

「どういうつもり……だ?」


 目を見開いてノエルたちを凝視するのは、一人の騎士。彼は執務室の真ん中に座り、書類仕事を片付けているところだった。

 そこにやってきたのは、怯えきった騎士の一人と魔族一行。驚くのは無理もない。先程捕らえ、投獄したはずの彼らが、なぜここまで無傷でやってこれるのだろうか。


「名前と役職は?」

「……ヘルマン、第十騎士団の北東部支団の長だ」


 ノエルが尋ねると、少し上ずった声で男は答えた。ヘルマンと名乗る男は、この砦の責任者。北東部支団の支団長を務めており、この大きな砦に配属された騎士を纏める立場だ。

 ノエルは敢えて頭の角を隠蔽しなかった。隠したところで魔族であることは周知の事実なのだから、あえてその存在を見せつけることで、脅迫の手段として活用しているのである。


「ヘルマンさん、貴方の立場はお分かりですね? 我々に背いたら――むごむごー!」

「おい無駄に脅迫するな」


 ヘルマンを鋭い口調で脅迫するアンヌだったが、ノエルによって口を強制的に塞がれてストップする。少々脅かし過ぎである。

 これ以上騒ぎを大きくするのは、ノエルにとって本望ではない。程度な緊張感を保つくらいが都合がいいのだ。


「我々の要望は二つだ。一つは我々の存在を隠蔽しろ。魔族は一人だけしか現れなかったと報告するんだ」

「ああ、わかった。問題ない」


 ヘルマンはぎこちなく頷いた。ノエルたちの存在を報告させないことで、その存在を無かったことにする。

 ……ただこれは、おまじない程度に過ぎない。ノエルの存在は数百人の騎士が目撃している。噂というのは、馬鹿にならないほどに速く広まるものだ。始めから「無いよりマシ程度」の期待しかしていない。


「もう一つは、馬を用意することだ。二頭で構わないが、速いのを頼む」

「それも大丈夫だ。すぐに手配する」


 すんなりと要望が通ったノエルは、満足そうにヘルマンの顔を見つめる。目が合うと、ヘルマンはびくっと体を震わせていた。

 この馬というのは、王都へ向かうための足だ。セリーヌ共和国までは馬車に乗せてもらって来たが、そこからの足をどうするかは未定だった。

 騎馬単体なら、馬車よりも何倍も速く迎えるだろう。移動手段を探す手間が省け、ノエルたちにとっても満足だ。


「話は以上だ……行くぞ」

「「はい!」」


 移動手段を取り付けたノエル一行は、すたすたと執務室を立ち去ろうとする。

 ノエルは一部始終を目撃していた平の騎士の肩をぽんと叩く。激励のつもりだったが、めちゃくちゃに怯えていたので悪いことをしたと反省した。


 ――そんな時、背後から呼び戻す声が聞こえた。


「おい、待ってくれ!」


 思わず足を止めるノエル。


「どうしました? わざわざ引き止めたからには相応の覚悟を――むごむごー!」

「なんだ、話なら聞くぞ」


 またもや脅迫しようとしたアンヌの口を、ノエルは手で抑えて阻止。彼が振り向いたとき、ヘルマンは相応の恐怖を持ち合わせながらも、どちらかというと切実な表情をしていた。


「君は相当高位の魔族だと見た。……名前を教えてくれないか?」

「あー……ノーラだ」


 ノエルは咄嗟に思いついた偽名を名乗る。

 レオノーラの名前の後半をとって、「ノーラ」。安直な名前だ。


「ノーラ殿。何故君は、酷い仕打ちをした我々に対して情けをかけるんだ? それに見たところ、他の二人は人間ではないか。なぜ彼らと共に行動する?」

「……色々と訳ありなんだ」


 ノエルは詳細に説明することはなかったが、ヘルマンは理解したように頷いた。そして今度は相手を変え、カインに対して話しかける。


「君は、ノーラ殿のことをどう思っている?」

「俺、ですか」


 この場に来て、あまり余計なことを話さないように沈黙を保っていたカイン。彼はちらっと横にいるノエルの顔を見た。

 答えるかどうか悩んだ彼だったが、ノエルが軽く頷いたところを見て、至って正直に答えることとした。


「だ……ノーラさんは、格好良くって、心強い俺の師匠です」

「そうか」


 団長と言いかけたのはご愛嬌だ。

 ヘルマンは十分に納得できる答えを手に入れたようで、少し間をおいて、彼は改めてノエルにお願いをした。


「一つだけ頼みがある。道理に外れていることは分かっている……故に断ってもらっても構わない」

「よくその口で頼みなどと言えましたね! 皆殺しにしても足りないんじゃ――いてっ」


 ぺしりとノエルに頭をこづかれて、思いの外痛かったのか、頭を抱えてうずくまるアンヌ。下手に出た相手に、余りにも調子に乗りすぎである。


「頼みとはなんだ?」

「ここ数ヶ月、西の谷にグリフォンの群れが住み着いた。近辺の集落に甚大な被害が出ているが、なにせ装備と人員が不足していて手を出せないでいる。どうにか……奴らを移動させることはできないだろうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る