32 拘束

 うつ伏せになって倒れるメレク。まだ息はあるようだが、その姿は見るも無惨だ。傷だらけになって動くことすらままならない。……どちらが勝利したのかは火を見るより明らかだ。

 ノエルの元に駆け寄るアンヌとカイン。彼らは地面に残る惨状を見ながら、肩を竦めた。


「団長、すごいっす……」


 目をキラキラと輝かせるカイン。その一方、アンヌはふと疑問を尋ねた。


「ノエル様、何故私の真似をしたんですか?」


 ノエルが使った魔法は、アンヌとの試合で彼女が使用していたものを発展解消させたものである。要は真似事。アンヌの持ち技を少しだけアレンジして、そのまま用いたという訳だ。


「俺にはまだ圧倒的に手数が足りない。だから、その意図を知っている方法を使ったまでだ」

「……私のよりもずっと強力だった気がしますけど」

「気の所為だ」


 ノエルはそう軽い口調で言い放ったが、アンヌにとっては納得のいく説明ではなかった。……なぜなら、アンヌが以前にやった魔法よりも、威力も効果も桁違いに高いからだ。

 レオノーラ様の体ならあり得るか、と飲み込もうともした。が、そもそも魔法の練度は、あくまでその人のセンスや練習量に依存する。肉体の魔力量という要素が影響するのは、その魔法の威力に対してのみだ。たった数日という短い期間でアンヌの魔法をコピーするというのは、並大抵のことではない。


(ノエル様を敵に回すのはなるべく避けるべきですね……)


 そう心に刻むアンヌだった。まだまだレオノーラには及ばないにせよ、既にノエルは十分な強さを持っていることは明らかだ。




「――おい、女ッ……た、助けろよ……!」


 か細い声が聞こえたかと思えば、倒れ込んだメレクがノエルたちを恨めしそうに睨みながら、立ち上がろうとしているところだった。しかし右手はすでに吹き飛ばされ、左手も満足に動かない。結局はもぞもぞと動くことしかできず、同じ七魔であるアンヌに対して助けを求めていた。


「アンヌさん。アイツ、どうするんですか?」


 カインがそう尋ねたが、答えは返ってこなかった。ふと彼女の瞳を見れば、その奥からは光が抜けていたのがわかった。

 アンヌは、メレクに向けて極めて冷徹な目線を送ると、


「煩いです」


 そう言って、メレクへ風魔法を放った。

 目にも止まらぬ速さで魔法はすぐに到達。――メレクから鮮血がぴしゃりと飛び出したかと思えば、彼の首はすっぱりと切れていた。

あっという間の出来事だった。 あまりにも早く、彼の断末魔さえも無かった。たったこれだけで、メレクは死んだ。


「お、おい!」

「ノエル様……内緒にしておいてください。少し私情が入りました」


 いたずらっぽく笑うアンヌだったが、ノエルとカインの戸惑いはその程度では中和できない。……命を奪うことに躊躇がない。

 ……ああ、こいつは魔族なんだ。

 彼らは改めて理解した。人ならば、命を奪うことに何かしら抵抗や葛藤はあるはずだから。


 ノエルの戦慄をよそに、アンヌは冷静に周囲の様子を確認していた。


「そんなことよりも、この騎士たちはどうすれば良いですか。私には皆殺しにするくらいしか出来ませんよ?」


 三人の周りを、徐々に騎士が包囲しはじめていた。そうして二人は自らの置かれている状況に気付いた。……そうだ、ここは砦の前なのだ。こんなにも派手に魔族同士が戦い合えば、当然騎士たちも戦わざるを得ない。魔族という存在は、この領内に踏み入ることさえ許されない。


 ただアンヌの「皆殺し」という言葉は、今度は冗談めいた言い方だった。実際に彼らを殺すつもりはないのだろう。もちろん、武力をもってこの場を脱出することもできるだろうが――それを良しとしないのは、アンヌにとっても分かりきったことであった。


「と、捕らえろ!!」

「「「はっ」」」


 三人を、一気に取り押さえにかかる騎士たち。あくまでノエルたちは無抵抗を決め込んだ。


「ま、魔族を捕らえたぞー!」


 騎士たちから歓びと安堵の声が広がる。

 ノエルの隠蔽魔法はとっくに解けてしまっている。魔法を放ったがために、体内の魔力バランスが崩れ、術が不安定化したからだ。

 震える手でノエルたち三人を拘束する騎士。魔族は危険だと、幼い頃から聞かされている彼らにとって、その行為すらとてつもない恐怖だったことは想像に難くない。

 ノエルはそんな騎士たちに憐れみと同情の視線を送りながら、後ろ手に縛られることを許容するのだった。



「嘆かわしい……」

「本当ですよ、せっかく助けてあげたのになんたる仕打ちですか!」


 ノエルが大息をついて嘆いたところ、アンヌも同調して抗議の声をあげる。

 砦の牢獄の中。石壁と鉄格子に囲まれ、妙に湿気たこの空間の中で、三人はロープで体をぐるぐる巻きにされていた。メレクという強力な魔族を倒し、騎士の命を守った相手に対して、到底受け入れられない酷い仕打ちだ。


「魔族相手にこの程度の緩い拘束を行うなど……最低でも金属製の錠に目隠しと猿轡は必須だろう」

「え、そこっすか!?」


 ――否。ノエルは、拘束の手法に苦言を呈していただけだった。

 思わずガクリと崩れ落ちたカインだったが、……実際ノエルの言葉も一理ある。


「もしこれがメレクなら、全員皆殺しだ」


 ノエルは小さな風魔法を生成。渦巻きを作り出すと、ロープに向けて放つ。魔法はしゅるしゅると回転しながら、ロープを引き裂くように切断し、あっという間にノエルたちは拘束から脱することができた。

 そして鉄格子はというと、炎魔法を圧縮させたものを鍵付近に集中。それほど堅牢ではない鍵穴は、その周辺もろとも溶かしてしまう。どろどろになった鍵はもはや鍵としての体裁を保っておらず、アンヌが軽く蹴りをいれた程度で開いてしまった。


「なんだ? ……っておい、どうやって出たんだよ!?」


 物音に気づいた騎士が、牢獄の方へとやってきた。慌てて騎士は剣をノエルらに向けて構えるが、もはやその程度では脅しにすらならない。

 ノエルは、敢えて強い口調で騎士に告げる。


「お前を殺さないのは慈悲だ。ここの責任者の元へ案内しろ」

「ひっ……!」


 ノエルは鋭い眼光で、騎士を睨みつけた。

 怯えきった騎士は、その言葉一つだけで戦意を喪失してしまったようだ。素直に従った彼は、びくびくと怯えながら責任者のもとへノエルら一行を案内するのだった。

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