31 同じ手口

 襲いかかる炎の柱。ノエルは冷静に防御魔法を展開すると、その灼熱から身を守る。見た目こそ派手だが、これはあくまでジャブ。メレクにとっても、防御されることくらい織り込み済みだっただろう。

 ノエルがすかさずカウンターで火球を展開するが、メレクは華麗な身のこなしで全て躱してしまう。


 だがこれは囮。ノエルは風魔法で一気に瞬間移動をすると、メレクの背後を取る。

 してナイフを大きく振りかぶり――、


「大したことねえんだなァ、お前」


 華麗に全ての攻撃を躱したメレクは、ケラケラと笑いながら一旦ノエルとの間合いを確保する。やはり、余裕綽々といったところ。ノエルは一層気を引き締める。


(流石は七魔だ、同じ手口は通じないか)


 しかし、ノエルは気がついた。

 メレクは防御魔法を即座に展開していた筈だ。アンヌと戦ったときもそうだった。彼らは無意識レベルで、物理的な攻撃を防御することができるのだ。確かにナイフは掠ったかもしれないが、七魔レベルならこの程度は簡単に防ぐことが出来るはず。

 

 なのに何故――、

 

 

 

 ――メレクの首に一筋の血が垂れているんだ?

 勿論致命傷ではない、ただのかすり傷だ。しかし、そこに傷があるということが重要なのだ。刃が彼の皮膚まで到達したということは、重い事実だった。

 防御魔法の展開に遅れた? ……いや、そんなはずはない。第一、実戦経験豊富であろうメレクがそんな簡単なヘマをするはずがない。それに、ノエルの目には防御魔法が展開されたように見えていた。

 

 ――『下級魔族の防御魔法くらいなら貫通できるはず』。

 ノエルは、そんなリュシアの言葉を思い出した。ナイフには、サラマンダーの死体から抜き取った上質な魔石と、リュシアによる術式が刻まれている。それは魔力を込めることで性能を発揮し、特殊な効果を生み出すのだ。


(いや待て、おかしい。奴は決して”下級”ではない筈。実際、繰り出される魔術も凄まじい威力だ……)


 ようやくノエルはここで違和感を持った。

 アンヌと戦ってみて気づいたのは、彼女がとてつもない威力の魔術を使うということだ。その攻撃魔法の一発一発だけでも、簡単に人を殺しうる強さ。そして広範囲の霧や風を自在に制御できる技術。七魔という大層な名を持つだけあって、彼女はおそらくとても強いのだろう。

 メレクもその七魔の一員。アンヌと同格の強さを持つのだろう。


 だから……だからこそ、おかしいのである。


(何故、奴は俺の火球を避ける・・・?)


 ノエルは一度足りとも警戒を弱めなかった。だから、メレクがいつ炎魔法を繰り出すか観察していたし、いざ直撃しそうになれば防御魔法を展開した。

 そう、防御魔法で防げるのだ。防御魔法で防げばいい話なのに、何故、奴はノエルの攻撃魔法を躱す・・のだろうか。


「はっ、つくづく化け物だな……!」

「な、何だよ」


 結論に思い至ったノエルは、ついに可笑しくなって笑みを浮かべてしまう。その不穏な表情にメレクは一瞬たじろいだ。

 そしてノエルは一旦メレクと距離を取ると、右手を突き出し、魔力を展開させた。


 ――霧と風。

 アンヌとの戦いで見た、彼女のやり口を再現したのである。

 彼の右手からは、凄まじい勢いで濃霧が発生。ぶわっと一瞬で雲の中にいるようになってしまう。そして続いて吹き荒れる風。

 視覚と聴覚を奪い方向感覚を失わせると同時に、術者の位置を隠蔽する。これで牢獄の完成だ。


「おい、なんだこれは……!」


 すかさず炎魔法を展開するメレク。

 これはノエルもとった方法だ。炎の熱で霧を蒸発させ、目には見えない水蒸気に変えてしまう。霧を無効化するには最適な手段だ。ノエルも過去に思いついた手段である。

 ぶわっと炎が巻き起こり、メレクの周辺の視界が一気に広がる。

 だが、メレクは気が付かなかった――水を蒸発させるにはそれなりのエネルギーが必要だということを。


 ノエルは嵐の中に雨を降らせた。これは水魔法の一つ。ノエルは高度な水魔法は使用できないが、軽く水分を生み出すくらいなら余裕だった。アンヌの行った手法にアレンジを加えたというわけだ。

 風が吹き荒れ、もはや暴風雨と化した渦の中、メレクの体はびしょびしょになっていく。


 風に煽られた炎というのは、どんどんとその大きさを増す。一方で風に煽られた水も、細かい粒子となって炎に立ち向かう。

 無尽蔵に供給される水に、メレクの炎は負けていた。効果がゼロだとは言わないが、次から次へと降り注ぐ水分をちょっとずつ蒸発させるのみ。

 ……つまり焼け石に水。メレクは本格的に嵐に閉じ込められてしまった。


「クソッ、なにも見えねえじゃねえか」


 悪態をつくメレク。彼は完全に混乱していた。

 巨大な炎魔法を放ってみても、掻き消される。前に進もうにも、風が強すぎて一歩が重たい。乱れたように吹き荒れる風は、さらにメレクの方向感覚と冷静さを奪い去る。

 そんなことをしていれば無論。


「隙あり」


 360度、あらゆる方向から火球が降り注ぐ。ノエルの攻撃魔法は、高密度な魔力から繰り出されるが故、多少の嵐であってもそれほど威力が減衰しない。

 そしてそれは、それなりのエネルギーを持ったまま、メレクの体に突き刺さる。


「グアアアアアアァァァッッ!!!」


 複数の攻撃魔法が着弾。慌ててメレクは防御魔法を全身に展開するが――無意味だ。

 防御魔法は、魔力を局所的に高密度にして具現化させたもの。要は魔力を押し固めたようなものだ。そんなものに、防御よりも高密度の魔力を持ったものをぶつければ、それは容易く貫通してしまう。

 レオノーラの肉体の持つ、高密度で膨大な魔力だから成せる技だった。


 もはや無意味になった防御魔法をお祈りのように使いながら、メレクは絶え間ない火球の波状攻撃に曝された。もちろん防御は無意味ではない。

 半分くらいには火球の威力を減衰できるはずだ。だが、そんなことが無意味になるほどの大量の火球を、ノエルは発し続けた。


 弱者には、死に方を選ぶ権利など無いのだ。

 ノエルの無慈悲な攻撃に、メレクの体からは血が溢れ、腕がもげ、体の至るところが焦げていた。


「た、すけて……」


 ノエルが全ての魔法を解除すると、嵐は綺麗さっぱりに晴れ、美しい青空のもとに惨状が顕になる。

 ただ息も絶え絶え、ボロボロになったメレクが、地面にどしゃりと倒れ込んでいた。

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