30 炎魔法の使い手・メレク
「おい、お前がノエルか」
国境。リンドブルグ王国側の砦を通過し、これから入国しようかという所だった。背後では砦を警備する騎士の悲鳴混じりのざわめきが聞こえ、異常な雰囲気であることは間違いなかった。
ノエルたちの前に一人の謎の男が立ちふさがったのだ。
全体は茶色の髪だが、その中の一房だけが真っ赤に染まっている。そしてそいつの頭からは、魔族の象徴である角が生えている。ニヤリと笑う彼は、獲物を見つけたライオンのようにノエルをただじっと見つめていた。
ただならない相手に、ノエルは警戒を強めながら対峙する。
「ああ、そうだが……お前は?」
「俺はメレク、『七魔』の炎の使い手だ。大人しく俺に着いてくるってんなら、勘弁してやるよ」
メレクと名乗る魔族は、ニヤニヤと笑いながら手招きをするという安い挑発を仕掛けた。ノエルがそう簡単に挑発に乗らないと、ある程度知っている上ではあるのだが。
非常に傲慢な物言いだが、ノエルはあくまで冷静にメレクの様子を観察していた。
――対して、アンヌは大きなため息をつき、彼を静かな口調で嗜める。
「メレク、仮にもレオノーラ様の肉体を傷つけることは許されませんよ」
「黙ってろ女ッ! 俺は、コイツと話をしてんだ」
メレクは目を吊り上げてアンヌをぴしゃりと怒鳴りつけた。
当のアンヌは、ゆっくりと微笑みながらノエルに向き直ると、彼に対してこう宣言した。
「ノエル様、殺しましょう!」
「おい仲間じゃないのか」
ノエルは冷静にツッコんだ。『七魔』はレオノーラの下僕。つまり、『風』であるアンヌと『炎』であるメレクは、当然仲間のはずだ。
アンヌに戦いを止められることも想定していたノエルにとって、アンヌの言葉はかなり意外だった。
「実はですね、あいつに対して『戦闘しろ』なんて命令は出ていなんですよ。いやむしろ、ノエル様を無駄に攻撃するなって言われてるんですよ。……つまり彼の勝手な自己判断ってわけです。私はどうなっても知りません」
「なら心置きなく戦えるな」
「そういうことです。なので、何があっても私は見なかったことにします」
どうやら、メレクがノエルに対して勝負を挑んでいるのは、彼の勝手な自己判断だったようである。アンヌはその青二才ぶりに酷く呆れた様子で、もうどうなっても知らないの構えだった。
これは好都合、と前に一歩進んだのはノエル。アンヌというストッパーが居ないのであれば、心置きなく殺せる。……いや、アンヌに止められたとしてもこの判断は変わらないのだが。
ノエルがニヤリと笑いながら、メレクに向き合ったとき、後ろからカインの声が聞こえた。
「団長、俺も手伝います!」
「カイン、それはダメです。メレクはああ見えても『七魔』の一人です。今の貴方なら、どれだけ身体強化を掛けても勝てやしないでしょう」
彼は鋼鉄製の剣――リュシアの城の倉庫でたまたま見つけたなんの変哲もないもの――を構えていた。それに対してアンヌが止めに入る。しかし、当のカインは引き下がらない様子だ。
「そ、それでも」
「気持ちはありがたいが、俺の為だと思って身を引いてくれないか。ここで一人で勝てないようじゃ、レオノーラには遠く及ばない」
「…………分かりました」
ノエルが直接そういうと、カインは渋々といった様子で剣を鞘に戻した。
彼にはまだ早すぎる。七魔はそこいらの魔族とは、桁が違うのだ。舐めていると死ぬ相手であることは、その一員であるアンヌとの手合わせで十分理解した。
――だがこれは裏を返せば、アンヌは「ノエルがメレクに一人でも勝てる」と判断したことに他ならない。本当に負ける可能性が高いなら、アンヌは戦闘が発生しないように動くはずだ。
「話は終わりか? ハッ、後ろのママの助けは要らねえのか?」
「メレク、私は忠告しましたからね。私はどちらの味方もしませんから」
「うるせえアンヌ、おめえは黙ってろ」
相変わらずアンヌに対して当たりの強いメレク。そんな彼に対し、あくまでも冷静に忠告をするアンヌ。
アンヌは相変わらず笑顔のままで、そんな安い挑発や悪口は効かないといった風だ。そして……彼女はゆっくりとノエルに対して語りかける。
「ノエル様、殺しましょう!!!」
――前言撤回。めちゃくちゃ悪口効いてた。
頬をぷくりと膨らませている姿は、もうブチギレそのものである。どれだけイライラしたとしても、数秒前の自分の発言くらいは忘れるんじゃない。
ぷんすかと怒っているアンヌは放っておいて、ノエルはメレクにナイフの切っ先を向けて、ここに宣言した。
「メレク、お前を殺す」
ノエルは静かに、しかし闘志に溢れた目でメレクを睨みつけた。
「ハハ、良い度胸じゃねえか! その女にお守りされて自信でもついたか?」
「言ってろ。後悔するのはお前の方だ」
「黙れッ――!」
メレクは、自身の両手に大きな炎の球を出現させた。炎の使い手らしく、やはり炎魔法が得意のようだ。
彼はその両手を振るうと、その火球はみるみるうちに成長。それは大きな火柱となり、細長く炎が伸びていく。やがて蛇のようなくねくねとした曲線を描くと、そのままノエルに噛みつくが如く襲いかかった。
――ここに魔族同士の戦いの火蓋が切られた。
「がんばれー! ノエル様ー!」
相変わらずアンヌは、ノエルを応援しているようだ。根に持ち過ぎである。
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