29 壮行会

「団長、強いっすよー!」


 地面にばしゃりとへたり込むカイン。だがその表情は、悔しさ半分、面白さ半分といった感じで、どこか清々しさすら感じられた。

 そして一方のノエルは、汗一つかかず、カインに対して剣先を向けていた。――カインの敗北である。


 だが実は、ノエルはこの勝負においてズルをしていた。

 先日アンヌから教えてもらった強化魔法。これを身体に掛けることで、身体能力を底上げしていたのだ。彼の繰り出す速度と威力は尋常なものではないが、カインは平時でもそれと渡り合えるほどの剣技を身につけていた。身体強化をした魔族相手に、ある程度は戦えるのだ。

 ――もちろん、魔族は魔法が本分なので、剣術で勝ったくらいではどうにもならないが。それでも、この意味は大きい。


 でもこれは、目まぐるしい成長だ。数ヶ月前と比べれば見違えるほど強くなっている。

 この模擬戦は、ノエルのための訓練ではなく、カインのための訓練だったのだ。……彼自身はそのことに気づいていないようだが。

 ノエルの強さに霞んでしまっていたが、彼も第三騎士団に見初められた優秀な騎士である。


「お前の太刀も悪くない。格段と良くなっている」


 褒められたカインは、ぱっと笑顔になっていた。もし彼に尻尾が生えていたなら、それはもう目にも止まらぬ速さで揺れていることだろう。



 テーブルには、鳥の丸焼きに色とりどりのサラダ、野菜がごろごろとはいった黄金色のスープなど、たくさんの料理がみっちりと並んでいた。湯気がゆらゆらと立ちのぼり、ランプの赤い灯火に照らされた食材たちが食欲をつんと刺激する。この量をたった四人で食べ切れるか少し疑問だが、アンヌという大食いがいるから心配はいらないだろう。


「豪華っすね!」

「私と師匠で腕によりをかけて作りました!」

「……騙されないで。こいつサラダしか作ってないから」


 カインに自慢気に語るアンヌだったが、リュシアにすべてリークされてしまう。サラダ自体はとても豪華で美味しそうなのだが、この全体のボリュームを見ればアンヌの作業量は微々たるものだ。

 そしてこれはリュシアの良心で皆に語られることはなかったが、実はこのサラダを盛り付けたのはリュシアだった。当のアンヌは野菜の下処理くらいしかやっていない。つまり、こいつは何もしていないのである。


 そんなことは置いておいて、早速料理を食べ始める。ノエルと隣同士に座ったカインは、彼に対して満面の笑みで感想を伝える。


「美味しいっす!」

「ああ」


 ノエルも一言だけそう返すと、大皿料理の肉をフォークですくい上げ、口に含んだ。

 しんみりと舌鼓をうつノエルだったが、このたくさんの料理を見て思うところがあったようだ。


「リュシア、なぜ俺にここまで手を貸してくれたんだ?」


 リュシアは、始めこそ非常に攻撃的な態度だったが、それからはノエルに対してとても協力的。もちろん、彼に対して魔術の指導をしていることもそうだし、そもそも城の部屋を貸してくれ、その上食事や風呂を提供してくれるなんて、とても初対面の人間にすることではなかった。

 彼女は魔族であり、冷徹で非人間的な部分も勿論持ち合わせているのだが、ノエルにとって、リュシアがなにか打算的に行動しているようには見えなかった。だから彼もリュシアをある程度信用していたし、彼女の親切を享受していた。

 リュシアは少しだけ考える素振りを見せると、ゆっくりとその口を開いた。


「強いて言うなら……自己嫌悪、ね」

「どういう意味だ?」


 ノエルは思わず聞き返した。するとリュシアは、目線をどこかに逸しながら、自身を嘲るように笑った。


「私は今まで逃げてばかりだったわ。だからこの地で、ひっそりと奴に怯えながら過ごしている。このままじゃいけないって、頭では分かっているんだけどね。

 ……だから、卑怯かもしれないけれど、私はあんたに託した。短い間だったけど、私にできることはすべてやったわ」


 リュシアは、グラスにはいった酒を一気に呷る。


「ノエル、絶対に勝つのよ……!」

「当然だ」


 これこそが、リュシア自身に足りなかったものだ。力強く頷いたノエルに、リュシアは満足そうな笑みを浮かべた。彼なら、成し遂げてくれる。どこか希望的観測も混じってはいたが、賭けてみるのも悪くないとリュシアは思った。


「あっ、そうそう。これ、修理しておいたから」


 ふと思い出したかのように、リュシアは椅子から立ち上がり、調理場の方へと向かっていった。そしてすぐに戻ってきたかと思えば、あるものをノエルに手渡した。


「……これは!」

「ここに来る前に魔物を倒しみたいね。なかなかの強敵だったでしょ? アンヌからその魔石を貰ったから、修理しておいてあげたわ」

「こっそり確保しておいたんですよ、ノエル様」


 ダリルから貰ったナイフ。アンヌとの戦いで破壊したはずの魔石は元通り――というか、前よりも透き通った見た目になっており、強化されたことは明らかだった。その上、刀身や柄の部分になにやら模様が追加されている。

 この魔石は、国境近くで出会ったサラマンダーのものだという。肉を食べたときにアンヌがこっそりと確保していたようだ。自慢気に彼女は胸を張る。

 文字通り魔改造されたナイフを、ノエルはまじまじと観察する。


「魔石も以前より上質なものになっているし、刻まれている術式の内容も強化しておいたわ。まあ下級魔族の防御魔法くらいなら貫通できるはず」

「料理にも使ってましたしね。どんなに肉が骨ごとするする切れるんですよ」

「……試し斬りよ」

「おい」


 魔石に魔力が十分に溜まっていれば、高度な強化魔法と同等の効果が誰にでも使用できるという、凄まじい性能の武器に様変わりしていた。

 防御魔法を貫通するというのは、非常に有用な効果だ。なぜなら魔族は、防御魔法を多様することで戦闘するからだ。自身のその強大な魔力を余すことなく使い、並大抵の攻撃をすべて無効化してしまう。

 このナイフは、そのアドバンテージを簡単に埋めてしまうのだ。だが下級魔族限定という条件付きだ。七魔クラスであれば当然「上級」に位置するので、このナイフごときで貫通は不可能だろうが。


 そんな強力なものを、まさかの料理に使っていたらしいが。結局武器に無頓着なところが、いかにも魔族らしい。遠距離で魔法を当ててちまちまと戦い合うのが、魔族の基本的な戦闘スタイルだ。

 ノエルはやれやれとため息をつくと、カップに入っていたぶどう酒を飲み込んだ。


「団長、おかわりはいかがですか?」

「ああ、貰っておこう」


 カインがボトルを手に取り、ノエルのカップに注ぐ。


 これはノエルら一行の壮行会だ。

 明日の早朝からは、再び王国――それも彼女がいるであろう王国へと向かうこととなる。まもなく始まる厳しい旅に備えて、彼らはエネルギーをたくさん蓄えるのであった。

 なお、アンヌは翌日凄まじい二日酔いに苦しむこととなり、丸一日顔を真っ青にしながら過ごしていたのは、また関係のない話。

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