25 狡猾で残虐な魔族
――毎日、毎日。
早朝から、ノエルは訓練をした。あくる日も、あくる日も。
リュシアの訓練というのは、まあ酷いものだった。朝一でなにか課題を出し、それが出来るようになるまでひたすらに繰り返すというものだった。
ある日は攻撃魔法を、ある日は防御魔法を、そしてある日は「枯れた花を復活させる魔法」みたいな変な魔法を練習させられて。
だが不思議なことに、このスタイルはノエルに合致していた。ひたすらに与えられる課題を、ノエルは数時間掛けてコツコツとクリアしていくのだ。何度も何度も反芻して行った魔力操作は肉体に染み付き、すべてが糧となる。
このような経緯で、ノエルは見る見るうちに成長した。
わずか10日程度しか練習していないのにも関わらずだ。
「ノエル様、もう隠蔽術を習得したんですか!」
隠蔽術とは、その名の通り、魔族であることを隠すための魔法。
それすなわち、角を他人から見えないように隠す術である。共和国への旅路でアンヌが使用していた術そのものだ。
アンヌ曰く「高度な魔術」であるとのことだったが、ノエルはこれを一週間で習得してしまった。
魔法を発動したノエルの頭からは、綺麗さっぱり角がなくなっていた。
「私なんて、使えるようになるまで一か月掛ったんですからね」
「……いや、少しできるようにはなったが、まだ完全ではない。少しでも体内の魔力バランスが崩れると、術が解除されてしまうんだ」
アンヌの驚きの声に対し、ノエルは謙遜で返した。
実際、ノエルの隠蔽術は完璧ではなかった。体内の魔力バランスが崩れると、再び角が表れてしまうのだ。
ノエルはそれを示すために、適当な攻撃魔法を撃つ。……すると、確かにノエルの頭に角が現れた。
魔法を使用すれば、体内の魔力濃度にわずかながらムラができてしまう。これが魔力バランスの乱れである。
「難しい術ですからね、追々できるようになりますよ」
確かに、とアンヌは頷く。
これはアンヌも過去に通った道。体内の魔力の分配と制御が未熟だと、高度で不安定な術が解けてしまうのはよくあることだ。
これは最早、練習でしか改善できない。何度も何度も繰り返し練習すれば、そのうち使えるようになるだろう。
それに、どちらにせよ人前で魔術を使えば、角なんてなくてもどうせ魔族であることは露呈するのだ。些細な問題である。
「……なんだ、顔になにか付いているのか?」
ふとノエルは、アンヌの視線が真っすぐに寄せられていることに気づく。
アンヌははじめ「いえ……」と遠慮気味に否定していたが、少し考えるとやがてその態度を翻した。
「えっと、その、ノエル様。少しだけ……お話しませんか?」
「話、か?」
ノエルは怪訝そうな表情を浮かべた。
もしかしてと、ある人物の名前を思い浮かべ提示すると、アンヌはそれが正解だと答えた。
「もしかすると、セノスのことか」
「ええ、その通りです。……ノエル様はあれから、彼とは会いましたか?」
「……いや」
アンヌの妙な質問に、ノエルは疑問を感じた。なぜそのようなことを知りたいのだろうか、と。
ふとアンヌの立ち姿を見ると、彼女がそわそわとしていることに気が付いた。
「彼は、どんな奴だ?」
「ノエル様、……彼は狡猾で残虐。自分以外の存在を、あらゆる目的のための手段としか見ていない、近づくべきではない存在です」
「お前はどうなんだ? 俺にとっては、お前もセノスも似た者同士に見えるが」
アンヌは目を伏せた。そして少し悩むように考えると、口を開く。
「そうでしょうか? ……いえ、そうかもしれませんね」
そしてアンヌは、その表情をころりと変えると、優しく微笑みながら語りかけた。
今にも、見つめていると飲み込まれてしまいそうな笑顔だった。
「私も魔族ですから。狡猾で残虐な”魔族”なのです」
アンヌは鋭い目つきでノエルを捉えた。
「私は貴方のお目付け役――レオノーラ様の肉体に傷をつけず、王都まで無事お運びすることが私の役目です」
「俺はレオノーラの手駒というわけか」
ノエルは自嘲するように、言葉を吐き捨てた。
その言葉はアンヌの耳にも届いていたが、彼女はその両手を一回パンと叩き、こう宣言した。
「中間試験としましょう。私を倒せたら合格です」
「――本気で戦っても問題ないか」
「ええ、構いませんよ」
ノエルの問いかけに、アンヌは一切の迷うそぶりもなく答えた。
それは自信からなのか、あるいは、生への執着が無いのか。ノエルはその表情から、アンヌの本心を読み取ることはできなかった。
さらにアンヌは、あっけらかんと笑って見せると、
「先手は差し上げます」
楽しそうにスキップをしながら言った。
そしてぴょんぴょんと跳ねながら、ノエルから少し距離を取った位置へと移動した。
「ふふ。あらかじめ言っておきますが、私、強いんですからね?」
「……ああ、油断はしないさ」
ノエルは懐からナイフを取り出した。ダリルから受け取った、魔石の埋め込まれたあのナイフだ。石の部分が太陽に反射して、キラキラと輝いて綺麗だ。
――もう油断はしない。
覚悟を決め、ナイフを構える。あの事件の日のリベンジだと思えばいい。
ノエルは、仄かに微笑む黒髪の少女に、真っ向から対峙した。
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