24 闇魔法の使い手

 アンヌとカインが作ったという食事はとても美味しく、ノエルも思わず「旨い」と声を漏らすほど。

 なんてったって村まで買い出しに行ってきたのだと言うが。


 ……問題はその道筋だった。

 なんでも、村まで往復で一時間程度で辿り着くことができたらしい。

 そのことをアンヌに指摘すると、当の本人は「……あっ!」と声を上げて、カインの背後に隠れていた。

 昨日、森の中を無駄に歩いたあの時間はなんだったのだろうか、とノエルはため息をついた。


 ――その昼過ぎ。

 食事を終えたその後も、自主練に邁進するノエル。

 魔法の動きとパワーのコントロールに重点を置き、ただひたすらに何度も魔法を出し続ける。


「――流石だね、騎士様」


 突然背後から聞こえた声に、ノエルは驚いたように振り向く。


「はじめまして、僕はセノス。『七魔』の”闇”だよ……以後お見知りおきを」


 セノスと名乗る魔族がそこには立っていた。

 真っ黒なローブを肩に靡かせ、無邪気な笑みを浮かべながらノエルを見つめる。その頭頂部についた特徴的な角に目を瞑れば、ただの少年に見えるが、真っ青な異国離れした流氷のような瞳は異質だ。


「ヤツのお仲間か?」


 そう問いかけるとともに、ノエルは練習したばかりの火球を繰り出した。

 剛速球で飛び出した火球は見事にセノスの体を貫いたが――セノスは霧散した。


「……おっと、危ない」


 突然、ノエルは真後ろに気配を感じ、咄嗟に受け身を取って転がるように回避する。

 ノエルの居た地点には、煙が上がっていた。何らかの魔法を使ったのだろう。避けていなければ、それが直撃して負傷していたことは間違いない。


「へえ……レオノーラ様が見込んだだけのことはあるね!」

「レオノーラが、何だと?」


 ノエルは眉尻を上げ、鋭い目つきで彼を睨みつける。


「いや何でもない、こっちの話だよ。……いやあ、ごめんね。試すような真似しちゃって。ほら、そんな怖い顔しないでよ。本当は傷つけちゃいけないんだけど、どうしても君のことが知りたくなっちゃって!」


 対してセノスは、ノエルに対して突然攻撃したのにも関わらず、ヘラヘラと笑った。

 思わずそれにノエルは聞き返す。


「どういう意味だ?」

「僕は、勝ち馬にしか興味がないんだ」


 セノスはニヤリと笑った。


「でもあまりにも一方的な試合も面白くないと思ってね。だから王国代表の選手プレイヤーたる、君のことを一目見ようと思ったってわけ」


 セノスはびしっと、ノエルを指さした。

 そんな様子に、ノエルは困ったように肩を竦める。


「なんだ、俺と殺しあうのか?」

「いやいや、そんなことはしないよ。少なくとも、今はね」


 セノスはノエルの考えを否定すると、頬に指をあてて考えるしぐさを取った。


「そうだねえ、折角だしアドバイスをあげよう」


 思いついたように話すセノスに、ノエルも耳を傾ける。


「今日からちょうど三週間後、カストール公爵家主催の夜会が行われるんだ。行ってみることをおすすめするよ」

「なんだ、やけに親切だな」

「良い戦いを観るなら、良い舞台を用意しないとね。面白そうでしょ?」


 セノスは「カストール公爵家主催の夜会」という言葉を出した。

 カストール公爵は、王国内でも超が付くほどの名門貴族。そんな彼がどのようにこの事件にかかわっているのだろうか。

 ノエルは怪訝そうにセノスに問う。


「もちろん裏があるんだろ?」

「……裏はないけど、当然、七魔くらいのヤツとは戦うことになるだろうね。でもこのくらい楽々と勝てないと、あの方に勝つのは不可能だよ?」


 裏はないと語るセノスだったが、同時に別の魔族――それも七魔クラスが関与していることを示唆した。

 ノエルはそのセノスの言葉に、一度生唾を飲んだ。


「僕は積極的には手伝わないけど、後ろで見守っているからね。あとアンヌにもよろしく言っておいてね。じゃあ……くれぐれも、僕を後悔させないで」

「お、おい!」


 ノエルがそう呼びかけるも、セノスの姿は再び霧のようになって空中へと消え去った。

 そして残ったのはノエルだけ。その周囲を静かな風が吹き抜ける。

 葉が風に流され、鳥はぴよぴよと鳴いている、なんてことない昼下がりだ。


「……胡散臭いやつだ。なあ、アンヌ」


 ノエルはそう大声で呼びかけた。

 ふと建物の陰から現れたのは、アンヌだった。どうやら会話を途中から聞いていたらしい。


「……バレていましたか、ノエル様」

「どこから聞いていた?」


 白状するように現れたアンヌに、ノエルは質問をする。


「セノスが攻撃した所からですよ。ですが、彼からは殺意が感じられなかったので傍観していました」

「そうか」


 アンヌは素直に答えた。


「夜会の件、どう思う?」

「正直に言いますと、カストール公爵は我々の協力者ですよ」

「……そうなのか!?」


 アンヌはさらっと爆弾発言をした。

 有力な貴族であるカストール公爵が、魔族に肩入れしているともなれば、それこそ大問題だ。

 それは即ち、既に王国の中枢にまで魔族が入り込んでいるということを表していた。

 ノエルは静かに驚いたような声を上げる。


「だったら、相談は不要だな」

「ふふ、ノエル様の好きにされると良いですよ。私はどこまでも付いていきますので」


 ノエルは決意を固めた目で、アンヌを見つめた。

 答えは明らかだった。すべてを失ったノエルにとって、今や、恐れるものなんてない。

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