23 訓練開始

「おはよう、リュシア」

「……お、おはよう。早いわね」


 太陽は静かに音もなくのぼり、東の空が明るくなり始めている。

 翌日の早朝。ノエルは、城の前の広場でその辺で拾った棒で素振りをしていた。

 リュシアは、そんなストイックな彼の姿を見て苦笑する。


「あいつと大違いね。あいつは、昼になっても起きてこなかったんだから」


 ぼそぼそと呟くリュシア。


「アンヌのことか?」

「いえ、なんでも。……それじゃあ、練習始めるから。ここに滞在する間の二週間で、最低でも他の高位の魔族と張り合えるほどには強くするから覚悟してよ」


 ぷるぷると首を振って、話を早々に切り上げるリュシア。

 それに対してノエルは、ただ一言「ああ」とだけ答えた。

 熱意に燃えたその目に、若干リュシアは気圧されながらも、本格的に指導に入ることにした。

 ノエルも手に持っていたいい感じの棒を捨て、リュシアの言葉に集中する。


「まずは、基礎的なところからね」


 そう言ってリュシアは、手のひらからぼうっと丸くて赤い火の玉を出した。

 真っ赤に燃え盛るその火球は、ふわふわと空中を漂い、やがて数秒後には跡形もなく消えていった。


「これは火の魔法よ。非常に原始的で、簡単。……やってみて」


 ノエルは驚いた。……説明はそれだけ?

 もっとこう、具体的なやり方とかコツとかを教えるのが指導ではないのだろうか?

 そう言ってやりたくなったノエルだったが、一旦、見様見真似で手をすっと掲げてみた。


 ――もちろん何も起きなかった。


「……全然ダメね」


 リュシアは呆れたように呟くと、ノエルの背後に回り込んだ。

 そして、後ろからその両手を握り、改めて詳しく説明を始めた。


「魔力の流れを感じるの。そして……それを指先から吐き出して、実体化するのよ」


 ノエルの腕には、不思議と温かい”流れ”のようなものが感じられた。

 ……そうか、これが魔力なのか。


 ノエルは心のなかで納得した。この流れこそが魔力が指先に集まっている証拠であり、これを用いることが魔術の本質なのだと。

 ノエルはその流れの感触を、忘れないように必死に頭に叩き込む。


 そして数秒後……それはぶわっと発火した。


 指先に溜まっていた温かいものが、一気に放出されたような感じがする。

 と同時に、ノエルの手のひらからは真っ赤な炎が一瞬だけ現れた。

 すぐに消えてなにも残らなかったが、まさしくこれは魔法だ。


「こんな感じか」


 ノエルはその感覚を噛み締めながら、しみじみと呟いた。

 すると突然、リュシアは手をパンと叩いた。


「じゃあ今日の指導は終わりね。……宿題として、明日までにこれを出来るようになっておいて」


 リュシアはそう言うと、再び手のひらに火球を生み出した。

 そして、その球を――放つ。


 するすると飛んだ火球は、真っ直ぐと飛び、さらにその後敷地内に生える木々をカーブして躱し、最終的にがれきの山へと着弾。

 着弾地点からは、大きな炎がぶわっと上がった。


「……おい、本当に終わりか?」

「私は少し昼寝するわ。ってことで、頑張ってねー」


 念のための確認として聞いてみたが、本当に終わりのようだ。

 これは……教えていないのと同義ではないか。全然やり方を伝えていない。こういうのって、特に最初の方は手取り足取り教えてくれるものではなかろうか。

 あまりの放任ぶりに、頭を抱えたくなったノエルだったが、……でもやるしかない。


 昼寝をすると立ち去ったリュシアの背中を早々に見送り、ノエルは練習に励むのだった。

 幸い、火球を出すだけであればもう十分できる。

 あとはこの火球を投げて、かつ安定してコントロールできるようにするだけだ。


 そう決心したノエルは、数多の火球を出しては投げる、という練習をひたすら繰り返すのだった。



 昼下がり。

 アンヌはトレーにたくさんの料理を載せて、広場の方へと走ってきた。


「師匠ー、お昼持ってきました!」

「私は師匠じゃないわ、アンヌ」


 ぐふっとショックを受けて、倒れそうになるアンヌ。

 でも謎の高いバランス感覚を見せ、トレーは地面から水平を保ったまま安定していた。


「つれないこと言わないでください、師匠」

「………………………………はぁ」


 大きな大きな、それはもう、肺の空気が全て出たんじゃないかと思うくらいのため息を、リュシアはわざとらしく吐いてみせた。

 嫌悪感に満ちたその表情に、アンヌはまたショックを受けてうなだれる。

 アンヌの後ろを、同じく料理の乗ったトレーを持ったカインが追いかけてきた。

 そして、トレーをその辺りの石垣の上に載せて、二人の方を見た。


「なにやってるんすか……」

「カイン、し、師匠が酷いんです」


 アンヌが喚きながら抱きついてきたが、カインはそもそも部外者なので、なにがあったのか知らない。

 だからカインは、アンヌの行動を無条件に受け入れるほかなく、彼女に掛けるような言葉も持ち合わせていなかった。

 困ったカインは、とりあえずリュシアに話しかけて、話題を逸してみることにした。


「団長は、いまどんな感じなんですか?」

「あんな感じよ」


 カインの問いかけに、リュシアはそう言って振り向いた。

 その目線の先、魔法の練習をするノエルが見える。

 カインの目には、魔術を行使するノエル団長の姿が見えた。


 だが、リュシアやアンヌの目には少し違った視点で映ったようで、先程まで言い争っていたはずの二人は、口々に言葉を発した。


「えっと、練習を始めたのって朝からでしたよね?」

「……これは想像以上だわ」


 ノエルは、火球を自由自在にコントロールし、狙った地点へと見事に着弾させていた。

 真っ直ぐ飛び、そして現れた木々を避け、そして瓦礫の山へ着弾。リュシアが見せた手本通りに、綺麗に課題をクリアしていたのだ。

 そして着弾した時のその炎の威力たるや。小さな小さな火球から、ノエルの身長三つ分くらいの高さの爆炎が上がっていた。


 二人にとっては朝飯前の課題かもしれないが、ノエルはまだ魔法を使い始めて数時間。

 初心者とは思えないその技術に、魔族の二人は、戦慄と期待を覚えるのであった。

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