20 師匠
一行は城の前に辿り着いた。
黒っぽい長方形の石が積まれてできた三階建ての建物で、その壁面には蔦が巻き付き、木々が覆いかぶさっている。
とても人が住んでいるようには見えず、とても不気味な雰囲気が漂っている。
「アンヌさん……本当に、ここで合ってるんですか?」
「カイン、私を信じてください。ノエル様に言うことを聞いてもらうためにも」
「……どうだかな」
入り口には、背の高い木製の両開きドアがある。
アンヌはドアノッカーを握ると、コンコンとゆっくりとしたリズムで叩いた。
……しかし、反応はなかった。
もう一度試してみるも、やはり何の気配もしない。
「アンヌ、勝負は決まっただろう」
「いえ……まだ負けませんよ。こうなったら中に――」
そう言いかけたところで、アンヌは後ろを突然振り返った。
――そして弾ける閃光と爆発音。
「……ッ!!」
ノエルとカインも何事かと後ろを振り向く。
そのときアンヌは、両手を空に向かって掲げ、防御魔法を発動していた。
半円状の膜がアンヌの手のひらの前に生まれており、その膜に沿って爆発が広がる。
この咄嗟の防御が成功していなければ、直撃は免れなかっただろう。
ノエルは、これが攻撃魔法であることにすぐに気がついた。
真っ白な煙に、青白い炎。
これが例えば火薬を使った炸裂ならば、もっと赤黒い硝煙が上がるはずだからだ。
「逃げてください!」
その声を聞いたノエルとカインは咄嗟に、左右へ散るように逃げた。
けれど、どういう訳か、攻撃はノエルを狙って執拗に行われた。
――ドカン、とノエルの背後が爆発する。
一発、二発、と数秒おきに着弾。
その度に石畳がめくれ上がり、背後から土煙が立ち上る。
毎回毎回の爆風でよろめきそうになるが、ノエルはそれを辛うじて避け、真っ直ぐ走り続けた。
しかし、六発目だけは、ノエルの進行方向に着弾した。
思わず後ろにひっくり返るノエル。
直撃はなんとか免れたが、地面に尻もちをつくような形で倒れてしまった。
辺りに立ち込める真っ白い煙と砂煙。やがてすぐにそれが晴れると、目の前が明るくなる。
視界が開け、仰向けになって倒れ込んだノエルの目の前に突如現れたのは、赤い髪の女。
頭部に角があって、彼女も魔族であることがわかる。
彼女は生気のない目をノエルに合わせると、一つだけ小さな声で呟いた。
「……久しぶりね」
彼女の右手に握られていたのは、肘から指先くらいまでの長さの手斧。
それがいま、ノエルに対して振りかぶられんとしていた。
――彼女は右手を天に向って、高く高く振り上げた。
倒れているノエルには、この斧を避ける手段なんてなかった。
無駄なあがきとはわかっていながらも、思わず体を捩って避けようとしたが、到底その軌道を躱すことなどできそうになかった。
「――やめてください!!」
咄嗟に目を瞑っていたノエルだったが、その声でゆっくりと目を開く。
視界に入ったのは、ノエルの前に立ちふさがり、手を横に広げているアンヌの後ろ姿だった。
斧は最後まで振るわれることなかったのは、アンヌが守ったおかげである。
「……ノエル様、これが私の師匠であるリュシアです」
そう説明をするアンヌ。
全員が押し黙り、静かな沈黙が生まれる春の空。
ノエルは困惑した表情を浮かべ、一方のリュシアという女は困惑した表情のまま、天高く振り上げた斧を下ろせずにいた。
◇
「えっとつまり……レオノーラの見た目をした、ただの人間ってこと?」
城の一階にある談話室へと通された一同。
天井から吊るされたいくつかのランプだけの赤い炎だけが、部屋をゆらゆらと照らす。
アンヌの師匠であるリュシアは、気怠げな表情を浮かべながらノエルを指さした。
「そういうことになるな」
「さしずめ、狼の皮を被った兎ね……」
リュシアは、眉をしかめてそう呟いた。
「兎、か……その通りだな……」
不本意にも「兎」に例えられたノエルは、苦々しい表情で頷いた。
あの事件を気に、自身の強さとプライドが、何ら役に立たなかったことを理解したからだ。
「それで、彼は誰?」
リュシアは椅子に座るカインを指さした。
「俺は、カインです。ノエル団長の部下で、王国の第3騎士団に所属していました」
「へえ……」
自己紹介をするカインに対して、打って変わって興味を持ち始めたリュシア。
彼女はノエルとカインの二人を、交互に見比べながら口を開いた。
「アンヌ、何故二人をここに連れてきたの?」
突然会話を振られたことに驚いたアンヌは、肩をびくっと震わせながらドライフルーツ――ちなみに、袋の中身はもう八割は無くなっている――を食べる手を止めた。
アンヌはすっと立ち上がると、リュシアに対してピシッと指を指した。
「それはもちろん、師匠にノエル様を鍛えてもらうためですよ!」
元気よく答えたアンヌだったが、対してリュシアは呆れたように眉をひそめ、大きなため息を吐いた。
「私の質問が伝わっていなかったようで残念だけど、何が目的なの? ……それにアンヌ、あんたは破門。もう私は師匠なんかじゃない」
「はっ、破門!?」
破門というワードに、雷を撃たれたような表情のアンヌ。
よほどショックだったようで、そのままテーブルに倒れるようにうなだれてしまった。
「は、もん……」
アンヌはただただうわ言のように、ぼそぼそと声を漏らすばかりだった。
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