第2部 セリーヌ共和国
19 要塞
「えーっと……こっちのはずなんですが……」
「何故我々はまた鬱蒼とした木々の間を歩かなければならないんだ?」
木々を掻き分け、腕や足にこれでもかと絡まろうとする蔦を引き裂いていく。
方向感覚が狂いそうになり、実際アンヌはきょろきょろと辺りを見回しながら、進む……というよりは彷徨っている。
ノエルが皮肉を込めて問いかけると、アンヌはむっとして眉をひそめた。
「ここに私の師匠がいるはずなんです」
「アンヌさんの師匠って、仙人か何かなんですか?」
「ち、ちがいますよ! 情報によると、この辺りの大きな家に住んでいる、らしいです……たぶん、おそらく」
師匠とやらを探すアンヌ、初めは自信ありげに堂々と語っていたものの、一寸先も見えない暗い暗い大自然を眺めて自信を失ったのか、声のトーンはみるみるうちに小さくなっていた。
「たぶん」「おそらく」という保険のワードを二重にかける始末だ。
アンヌ曰く、信頼できる情報源からの情報らしいが、……こんな奥地に家なんてあるのだろうか。
カインが提唱する仙人説は既に否定されてしまったので、残る線は「森の中の限界集落に住んでいる」あるいは「自然の中で自給自足を行っている」のどちらかだ。
いや後者はもう仙人説とあまり変わらない説のような気がするが、どちらにせよ到底信じられないというのが結論になりそうだ。
これは引返したほうが良いのではないか?
数十分に渡り探索し続け、なんの成果も得られなかった一行(アンヌも含む)は、そのような薄っすらとした共通認識を持ち始めていた。
やや諦めのムードが漂う中、アンヌがあるものを発見する。
「あ、ありました。アレですよ、アレ!」
アンヌが指差す先には、木々の隙間から石垣が見えた。
黒っぽい石を雑多に積み上げたその塀だけを見れば、なにかの遺構なのだろうかと思ってしまうが、少し進めばそれが間違いであったことに気づく。
「要塞、っすね……」
「これがお前の言う『大きな家』なのか?」
森の中に現れたのは石造りの建造物。
石垣に囲われた敷地内には、真っ直ぐ高くにそびえ立つ塔に、堅牢な造りの城。
……これは、断じて家ではない。
かなり小規模な軍事施設だが、住居と呼ぶには大規模すぎる。
一行は城郭に沿ってぐるりと周り、要塞への入り口を探す。
そしてやがて、中へ入るための門を見つけることができた。
「おい、道があるぞ」
「へ!? ほ、本当ですね……」
ノエルが指さしたのは、門から森へと続くあぜ道。
もちろん舗装などはされておらず、地面はかなりでこぼこしているが、森を掻き分けるよりはここを通行したほうが楽だっただろう。
我々の苦労はなんだったんだと、どっと疲れたような気持ちになるノエルだった。
「の、ノエル様、行きましょう。我々はたくさんの実りを得ました……」
なにがどう実ったのかは誰にも(アンヌも含む)分からなかったが、アンヌもなんだか疲れた様子で、身を縮こまらせていた。
まあ、見つかったので良しとしよう。
要塞の正面に設けられた外門は、もう長年本来の機能を失っているのか、長い間使用された形跡はなく、敷地内に入りたい放題となっていた。
一行はそのまままっすぐと進み、廃墟と化した要塞を進んだ。
敷地はとても荒れ果てていて、人の住んでいるような気配はない。
先程の城と塔以外にも建造物は存在していたようだが、いかんせんあまりにもぐちゃぐちゃに崩壊していて、もはや建物と呼べるかどうかも怪しい。
かろうじて残ったのが、この比較的堅牢に建てられた城と塔だったというわけだろう。
つまり、なにが言いたいのかというと、「師匠なんているのか?」ということだ。
ノエルは、また信用に足らないアンヌを凝視する。
「なんですか、その目は! もしかして、私を疑っているのですか?」
アンヌは顔をしかめながら、大声で言った。
しかしそれにノエルが「ご明察だな」と端的に答えると、アンヌは焦ったように早口で喋りだした。
「私だって、今不安なんですからね! 清潔で綺麗好きな師匠が、こんなところに住んでるのかって」
「お前の師匠はここが『清潔で綺麗』だと感じるのか?」
「ええ、ノスタルジックな雰囲気で良いと思いますよ、私は。
……いえ、そうではなくてですね、私が持っている情報ではこの辺りで間違いないんです。ちゃんと調べたので、きっと見つかります!」
きっぱりと言いきったアンヌだった。
ノエルはそれに対して首を横に振り、無言で圧力を掛けたが、アンヌは屈することはなかった。
「ここに師匠がいなかったら、私、ノエル様の言う事を一つだけ何でも聞きますよ」
自信満々か、あるいは、自暴自棄か。
このどちらなのかは表情からは伺えなかったが、胸を張って「ノエルの言う事を何でも聞く」という宣誓までしてしまった。
自身に足枷を与える行為に、ノエルは必死だなと冷笑する。
それを言い張れる根拠はどこにあるのだろうか、よく分からないが。
でもなんだか、ノエルはその謎の熱意が少し愉快に感じた。そして少し考えた末、その宣誓に応酬することにした。
「ここにもし師匠とやらが居るならば、俺がお前の言う事を聞こうか」
「言いましたね? 絶対ですよ」
「……あ、ああ」
思った以上に食いついてきたアンヌに少し身構える。
若干宣言したことを後悔したが、もう手遅れであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます