18 餞別

「本当にここで良いのか?」

「ええ、十分です。なんてったって、ここが私達の目的地ですからね!」


 そう尋ねるダリルに対し、アンヌが答える。

 一行は国境線を超え、共和国へと入った。


 街道沿いの小さな村。

 ダリルとティモンがお礼をしたいと言うので、お願いして遠回りしてもらった。

 アンヌ曰く、ここが目的地だというのだが……本当にここに『師匠』とやらが住んでいるのだろうか、現状では甚だ疑問である。


 馬車が道端で止まり、長かった旅が終わりを告げる。

 ノエルたち三人は、自身の荷物を持ち荷台から飛び降りる。


「命を救ってもらったというのに、俺は君たちになにもしてやることができていない」

「本当だね……あまつさえ失礼な事を言ってしまったのに、それを快く許してくれるなんて、なんと寛大なんだろう」


 ダリルとティモン、それぞれが感謝の言葉を述べる。

 ……なんだか妙に仰々しくなっているような雰囲気だが、目を瞑ることにした。


「気にしなくても良い。だが、我々について見知ったことは全て口外しないように願いたい」

「もちろん」「当然だ」


 ノエルは念のためにと口止めをしておくが、二人は首を縦に強く振りながら肯定した。

 だがそれだけじゃ足りないと言わんばかりに、ティモンはおもむろに馬車の荷室へと歩みだすと、そこから中身の入った謎の麻袋を手渡してきた。


「餞別だよ。せめてもの感謝の気持ちとして受け取ってくれないかな?」


 ノエルはその袋受け取って、口を開けて中身を確認した。


「あまり役立ちそうな商品がなくてね……。これは南部の名産品のドライフルーツだよ、旅のお供にどうかな?」


 中には色とりどりの粒がたくさん、まるで宝石の粒のようだ。

 レーズンやベリー、プルーンなどの果物がごちゃまぜになっていて、ほんのりと甘い香りを放つ。


「いえ、とても嬉しいですっ!」


 これに最も食いついたのは、もちろんアンヌだった。

 袋をノエルからかっさらうと、一粒食べ、そしてまた一粒食べ、とドライフルーツを摘んでいく。

 一粒食べるごとに凝縮された甘みが口の中に広がり、アンヌは毎粒毎粒唸りながらもぐもぐ咀嚼していた。


「……喜んで頂こう」

「気に入ってもらえてよかったよ」


 ノエルがそう困ったような表情で呟くと、ティモンは胸に手を当てて喜んだ。

 ちなみにアンヌは、全て今日中に食い尽くしそうな勢いで貪っている。口元がぽこっと膨らんでいて、まるでリスのよう。

 そんな食い意地を張るアンヌに対して、ティモンはおおらかに笑った。


 その様子を見ていたダリルだったが、触発されたのだろうか、同様になにかを差し出してきた。

 ノエルはそのキラキラと光るモノを受け取る。


「……これは?」


 手渡されたのは、全長二十センチ程度のダガーナイフ。

 鉄製の刀身に、木製の柄。グリップ部分は革巻きで、目立った特徴は無いように見受けられる。

 しかし、その真鍮製の鍔の中央には青くて丸い石が埋め込まれていた。


「お守り代わりに持っていたんだが、俺には役立ちそうもない。君なら……有効活用できるだろう」


 ダリルは苦々しい表情をした。自身がサラマンダーに呆気なく倒されてしまったことを、皮肉っぽく語っているのだろう。


「小さな魔石が使われていますね」


 ノエルがナイフの柄をぎゅっと握った瞬間、埋め込まれた石が淡く光り始める。

 アンヌによると、この石は魔石らしい。

 

 ――魔石とは、主に魔物から取れる石のこと。

 体内のエネルギーが凝縮してできた鉱物で、魔力を溜めたり放出したりすることができる。

 大型の魔物からしか実用的なサイズは産出されないため、市場に出回ることは少なく、それなりに貴重なはずだ。


「いいのか? こんな貴重なもの」

「君たちが与えてくれたものに比べれば、全く価値が釣り合わないだろう。だが、これが俺にできる精一杯の感謝だ」


 ナイフを一瞥した後、ダリルの顔を見つめると、一度だけ縦に頷いていた。

 ノエルはそれに対して「そうか」とだけ返事して、少し考えた。

 だがすぐに結論は出たようで、再びダリルに向き合う。


「ああ、ありがたく受け取ろう」


 ノエルはそう言うと、ナイフを鞘に収めた。

 右隣に立っているカインに関しては「かっこいいですね団長」などと、おだてるような口調だった。

 だが左隣に立つアンヌに関しては、小声で「えっ、そんなしょぼいナイフ貰って何に使うんですか」と、今目の前で渡された大切なお守りを辛辣にこき下ろしていた。


「魔力があるんですから、武器なんて使わなくていいじゃないですか」

「魔族ならではの考え方だな。……近接戦はナイフの方が速い」


 武器の所有にまでケチをつけたアンヌだったが、売り言葉に買い言葉、ノエルも近接武器の有用性について説く。

 魔術でどうにかしようというところがいかにも魔族っぽいが、それを指摘してもアンヌはさして気にしていない様子で、ただぼりぼりとドライフルーツを貪っていた。


「食いすぎじゃないですか?」


 カインがそう指摘する頃には、袋の中はもう半分にまで減っていた。

 食い過ぎである。

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