16 回復薬

「き、き、君は、魔族なのかい……!?」

「……ああ、その通りだ」


 引き攣った顔でノエルを見つめるのは、岩陰に隠れるティモンだった。

 結局、アンヌとカインの誘導によって、無傷でサラマンダーから逃げおおせることのできたティモンだったが、……案の定目撃していた。


 ノエルの角は、ただフードの下に隠しているだけ。

 サラマンダーとの死闘を繰り広げれば、そりゃあ調節紐が緩み、フードも脱げるというものだろう。


 ただまあ実のところ、この場にもう一人魔族がいるのだが、そのことまではバレていない。

 世の中には、知らない方が良いこともたくさんあるのだ。


「嗚呼神よ、これは世界の終わりなのでしょうか!

 この安全な交易路に、巨大な魔物に加えて魔族までいるなんて!!」


 ティモンは真っ青な空を見上げ、両手を掲げながらそんな意味不明なことを口走っていた。

 三人はその様を冷ややかな視線で見守る。

 ……いや、魔族とサラマンダーが同時に出現することなど到底起こり得ないだろうから、そう思う気持ちはごもっともであるのだが。


「……えっと、一旦放っておきましょうか」


 なんだか話がややこしくなりそうなので、一旦ティモンのことは放置しておくことに決めた。

 怪我もしてないし、なんやかんや大丈夫だろう。




 一同は、もう一人の元へと駆け寄った。


 ――負傷してしまったダリルだ。

 彼は地面に寝かせられており、カインによる応急措置は済んだものの、まだなんら対処はできていなかった。


「痛いところはないか、ダリル」

「よく分からないが……君は魔族なのか……?」

「今はそんなことどうでもいいだろう」


 残念なことに、こちらもノエルの角を目撃してしまっていた。

 だが、ティモンとは異なり、こちらはかなり重症である。

 致命傷ではないのだが、正直ノエルが魔族であることはどうでもいい。それよりも、彼をどうにか治療できないか方法を考えるのが先決だ。


「足は確実に折れているな。それに腕も腫れが酷い、折れていてもおかしくないだろう」


 特に足の怪我が激しい。サラマンダーの尻尾が高速で直撃した箇所であり、左足は少し変な方向に曲がっていて、酷いアザが皮膚に浮かんでいる。

 興奮状態なのだろうか、あまり痛みを感じられていないのが救いだが、いずれ落ち着けば強烈な痛みに襲われることは明らかだ。

 

 三人はダリルのもとを一旦離れ、彼に会話が聞こえないように遠い所で会話することとした。


「アンヌ、どうにかならないか?」

「ノエル様、どうやら私のことを何でも出来るスーパー超人だと勘違いしてくださるのは、私としても非常に喜ばしい限りなんですが、残念ながら私にも得意不得意があります。……ですが、今回ばかりは出来ないことはありません」

「治せるのか!?」


 前半部分の小言を完全に無視したノエルは、その若干含みのある言い方に引っかかりを感じつつも、食い入るようにその解決策を尋ねた。

 だがアンヌは、非常に面倒そうな顔をしながら肩を竦めた。


「この方は、ノエル様の正体を無意味に知ってしまった存在です。助ける意味は皆無に等しく、むしろ始末することが妥当だと思います」

「……俺がそんなことをする奴に見えるか?」

「ええ、姿だけを見れば、とてもそういうことをしそうに見えます。

 ……でもそうですね、その通りです。ノエル様がそんなことをする筈がないのは、最初から私も分かっています」


 困ったような表情で眉を下げるアンヌ。


「ですから、私も大変なのですよ。……カイン、あなたに託します」


 アンヌは自身の鞄から小さな小瓶を取り出し、カインにぽんと手渡した。

 十センチくらいの細長い容器には、薄っすらと赤い液体が入っており、なんらかの薬品であることは見て取れる。


「この液体には回復魔法が掛けられています。純度も濃度も高いので、効果は抜群ですよ」

本物の・・・回復薬か」

「かっ、回復薬っすか。噂でした聞いたことがない……」


 回復魔法はその名の通り、傷や病を元の状態へと回復することの出来る魔術だ。

 そしてこの魔法の効果を、液体を媒介して保存することができるのが回復薬である。

 魔術を使用するので、自然治癒よりも圧倒的に回復スピードが早い。その上、飲むだけというお手軽な行為で、効能を得ることができる優れたものである。


 この回復薬は、魔族にしか作ることができない。

 精製する技術も無ければ、精製に必要なほどの回復魔法を出せる人間もいない。

 一応、ごく軽度の回復魔法を使える人間はいるが、当然治せるのは軽度の傷のみだ。


 現在、王国で出回っている「回復薬」と呼ばれているものは、すべて薬草などを抽出・蒸留などして薬効を取り出したものである。

 消炎効果や鎮痛効果などの薬効があるが、魔族の作る回復薬とは、似て非なるものである。

 遅効性で効果も段違いに弱い。人体の自然治癒を補う程度の役割しか果たさない。


「飲ませるだけで問題ありません……が、四分の一で十分でしょう。それ以上はむしろ毒になってしまう可能性があります」


 カインに忠告をするアンヌ。

 手渡した回復薬は、蒸留に蒸留を重ね、非常に高度に精製をした上質なものであるからだ。

 非常に高い濃度の魔力は、人間にとっては莫大なもので、必要以上に接種すると『魔力暴走』という、いわば過剰摂取に陥る場合がある。


「任せてください!」


 カインは元気よく返事した。

 そうしてダリルの元へと戻ると、忠告通り、小瓶の液体を四分の一だけ口元に流し込んだ。

 ダリルは少しだけ嫌がる素振りを見せたが、カインの説得により飲み込んでくれた。


「……はぁ、それ高いんですからね! 私の生活費の半年分くらいはするんですから」


 内容量が四分の三になった小瓶を見て、アンヌは頭を手で押さえた。

 魔王国でも回復薬は貴重品。

 特にいま手にしているものは、非常に高純度かつ高濃度。要は一級品なので、さらに値がはるのだ。


「そうか。だがこの国で売れば、その辺の豪邸くらいは買えるだろうな」


 「半年分の生活費」というのは、あくまで魔王国内での価格。

 製造法も入手ルートも存在しない王国内において、たったの半年分の生活費でこれが手に入れるなら、もうそれはそれはお値打ちであることこの上ない。

 豪邸か、お城か、はたまた街か。

 市場に出回ることがないので正確な価値は測れないが、なんらかの建物は余裕で建つだろう。


「えっと、……そうなんですか? なんだか凄くもったいないことをしたような気がしてきました……」

「諦めるんだな」


 小瓶に残る液体をじっと見つめ、将来的な可能性について検討する現金な魔族・アンヌ。

 もちろん立場上売ることはできないと分かっていながらも、それ程の価値があることを知ってしまえば、なんとかしてモノにしたいと考えてしまうものだ。

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