14 魔物(1)
翌日。
一行は村を発ち、共和国へ向けて馬車を走らせていた。
前の日と変わらない快晴の空。流れる風がそよそよと肌を撫でる。
「ノエル様、いい天気ですね!」
アンヌは、馬車の幌を支える支柱に片手で捕まって、馬車の外に身を乗り出しながら風を感じていた。
じっとしているのが苦痛になったのだろうが、そんなことをしていると、
「……昨日も言ったが、危ないから座っててくれないか?」
「そうだ、アンヌ。大人しくしておけ」
ダリルが困ったように注意し、ノエルもそれに同調する。
二人から指摘されたアンヌは、急にすんと塩らしくなり、荷室の地面に座り込んだ。
「二人とも、風情というものがないですね……」
でも言い負かされたままなのが気に食わなかったアンヌは、ちょっとばかし抵抗として「風情」というふんわりとしたワードで二人を批判した。
「済まないが俺は何度もこの景色を見てるんだ。怪我されても困るから大人しくしててくれ」
こちらの顔も見ず、ダリルは右手をひらひらと振った。
その反応を見るに、効果はあまりないようだ。
相変わらず彼は荷台の後部に足を乗り出す形で座っている。
馬車がなにかしらの要因で停止したときに、すぐに外へ飛び出せるようにするためだ。
それに加えて、戦闘要員を目立つ場所に置いておくという意味もあるだろう。
この辺りで警戒するべきことといえば、小規模な窃盗団であるとか、乗客によるトラブルくらいだろうから、この程度でも厄除けとして機能するのだ。
「ダリル、アンタ何年目なんだ?」
ふと、ノエルが問いかける。
ダリルはまたもや振り返らず、その質問に取り合うことはなかった。
「君たちには関係のないことだ」
「……そうか」
その取り付く島もない態度に、ノエルはそれ以上話しかけることは出来なかった。
この空間になんともいえない静かな空気が漂う中、
――突然馬車が止まった。
「……おい、どうした」
かなり急ブレーキだった。
何事かとダリルはそのまま馬車の荷台から降り、御者台の方へと歩いていった。
いかんせん激しい止まり方だったため、ノエルたち三人も状況が少し気になっていた。
「……ノエル様」
「なんだ?」
「ふふ、ちょっと面倒なのが居ますよ」
アンヌは意味ありげに呟いたところ、それに呼応するかのように咆哮が外から聞こえた。
いろんな動物の鳴き声を混ぜたような、怒りに満ちた重低音。
どしどしと周期的なリズムで大地が揺れているのは、そいつが歩いているからだ。
異常事態であることを察知した三人は馬車から飛び出すと、御者台の方へと掛けていった。
正面を見ると、大型のトカゲのような魔物がこちらを殺さんばかりの視線で見つめていた。
それに対して、ダリルはたった一人で剣を向け、巨大な魔物と対峙していた。
「な、な、なぜ、こんなところに魔物が!!!!」
半ばパニックになり、ガクガクと震えるティモン。
逃げ出すということも思いつかないのか、彼は御者台から動けずにいた。
――サラマンダー。
茶色の鱗に、縦に切り裂くような金色の瞳。おおよそトカゲをそのまま巨大化させたような魔物である。
人間を縦に五人ほど並べられるくらいの巨大な身体と、そして針のように尖った鋭い爪を用いて、人々を蹂躙する。
サラマンダーは第2級の魔物。
1~5まである魔物のクラス分けの中、このサイズだと上から二番目の強さであることがわかる。
大規模な討伐隊が組織され、数十から数百の騎士がいてようやく討伐することができるレベル。
そんな強大な敵に、たった一人の男が敵うはずもなく。
「おい、逃げ――ぐおっ!!!!!!!!」
尻尾をぐるりと回して、ダリルの身体を薙いだ。
圧倒的質量差でダリルは足を激しく救われるような形となり、宙をふわりと舞う。そしてそのままくるりと半回転し、そのまま数メートルの高所から地面へと落下した。
「ダリル!!」
ノエルの叫びも虚しく、サラマンダーの前にダリルはうつ伏せに倒れる形となってしまった。
まるで道草を蹴るかのような軽い動きで、あっという間に制圧されてしまったダリル。
ノエルはすぐにその危機を取り除くべく、指示を出し始めていた。
「おい、カイン。俺が陽動する。その間にダリルを助け出せ」
「わ、分かったっす……!」
カインは若干焦りながらも、冷静にノエルの命令を把握する。
そしてアンヌには、
「アンヌ、お前は俺の援護をしながら、カインを手伝え」
「わかりました……って、私の体一つしかないんですけど!?」
ノエルの援護をしながら、カインの救出を手伝うという、あまりにも酷なマルチタスクを要求されていた。
アンヌはふとノエルの方を振り向くと、「できるだろ?」みたいな何も気にしていないような表情でこちらを見ていることに気がついた。
はぁとため息をつきながら、不承不承といった感じでアンヌは指示を受け入れた。
「いいですか、露骨なヤツは使いませんよ? 私までバレる訳にはいきませんので」
「それでいい。俺一人で十分戦える」
ノエルはそう一言だけ言うと、地面で拾った適当な小石を手に取った。
そして、助走を軽くつけて大きく振りかぶると、その小石をサラマンダーに向けて全力投球した。
――直線的な軌道を描いたその石は、そのままサラマンダーの左目近くに着弾したのだった。
「そうだ、怒れ。そのまま、周囲を見失うほどに怒るんだ」
挑発をするように目の前の巨大な魔物に語りかける。
ノエルの思惑通り、目を潰されたサラマンダーは怒りから咆哮を上げた。
……ダリルのことなど、眼中に無いほどに。
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