12 共和国への旅路(1)

「俺はダリルだ……で、君たちは?」


 怪訝そうな顔でノエルたちを見つめる赤髪の男。ダリルと名乗るその男は、腕を組みながらやや不愉快そうに言った。


 年齢は20代後半か30代前半だろうか、腰元には長剣を帯刀しており、また胸には金属製のプレートを装備していた。

 いわゆる傭兵という奴だろう。鎧の下からは麻の服がのぞかせており、彼が騎士団などの組織に所属していないことが伺える。


 ここは街の東側。

 石造りの大きな関所があり、その先からはセリーヌ共和国へと続く街道が続いている。

 先程ティモンから指定された集合場所である。


 ノエルたちは時間通りに到着したが、そのときには既にティモンとダリルは馬車の横で待機していた。

 ティモンと再び挨拶を済ませていた時、話しかけてきたのがこのダリルというわけだ。


「私はアンヌです! こちらがノエル様とカイン。

 ティモンさんのご厚意で一緒についていくことになりました」

「……そうか」


 ダリルは無愛想にそう呟き、ノエルらの前から離れた。

 三人の乗車を知ったダリルは、ティモンの元へと向かう。


「勝手に人を増やされちゃ困る……あんた一人だったからこの依頼を受けたのだが」

「いいじゃないですか。このルートに魔物や強盗が出たなんて話、私は一度も聞いたことがないですよ」

「……彼らがこの商品を盗む可能性だってあるだろう。それに、もし万が一何かあったとき、俺はあの3人の面倒までは見れないぞ」


 あくまでノエルたちに聞こえないように、ダリルとティモンは小声で話す。

 どうやら、ティモンは警備を担当するダリルに対して、ノエルたちの存在を伝えていなかったようだ。

 ティモンは非常に楽観的に言うが、ダリルはそれに異議を唱える。


 ダリルの言い分は一理あるが、一方でティモンの言い分にも一理あることは事実である。

 王国と共和国を結ぶこの街道は、通行量がそれなりにあり、かつ両国の騎士も定期的に巡回している。


 人が多く、騎士による管理もなされているため、魔物が出るなんてことはほとんどない。

 出たとしても、たまたま人里に迷い込んだ低級の魔物くらいだろう。


 だからティモンは当初、傭兵ただ一人を雇って目的地へ行くことを計画していた。

 リスクは低いし、警備にかけるお金も減らせる。三人の客が追加で乗ることは、その延長線上だとティモンは考えているのだ。


「いつも通りしてくだされば大丈夫ですから」

「……まあいいだろう。だが俺はあくまでアンタ――商隊の警備が優先だ。万が一のときはあの三人のことは切り捨てるからな」


 ティモンはこくりと頷いた。

 どうにも不安要素が残ってしまう旅程だが仕方ない。

 今さら、彼らを断るわけにもいくまい。


「どうせ、なんとも無いだろう」


 ダリルにとって、このような商隊の警護は日常茶飯時。

 万一のためにと、商会を中心に警備を依頼されるのだが、この地にきて数年、何か目ぼしいことが起きたことはなかった。


 いつもいつも、ただ王国と共和国を往復するだけ。

 鍛錬以外でこの剣を抜いたのはいつ以来だろうか。


 だから、そんなことを言ったダリル自身も、ある程度は三人の存在を楽観的に捉えていた。

 どうせ、問題なんて起きないだろう。むしろ、彼らが商品を勝手に弄ったり盗んだりしないかどうかの方が、警戒に値するだろう。


 ――そして少し経ち。

 どうやら出発の準備が終わったようで、ティモンが三人へ声を掛ける。


「準備完了だ、君たちは大丈夫かい?」

「ええ、もちろんです。短い間ですがよろしくお願いします」


 アンヌが返事をすると、ティモンは口角をあげてニコニコとしていた。

 彼が御者台へ向かうのを見届けると、三人は馬車の幌を開けて、順番に荷室へと乗り込んだ。

 中には商品である木箱が積まれており、ノエルたちはその隙間に座ることとなる。


「……狭いっすね」


 あまりこのような経験がなかったカインは、思わずそう呟いた。

 すると横から「こんなものだ」とのノエルの声が。

 おそらく乗合馬車でも、ここまでとはいかなくとも、それなりにギュウギュウだった筈だ。気にするだけ無駄である。


 なおアンヌに関しては、立ち上がって外の様子をキョロキョロと見ていた。

 すぐに「危ないから座ってくれ」とダリルに注意されていた。当然である。


「さぁ出発だ」


 ティモンが手綱を叩くと、馬はその合図を理解して前へと進みだした。

 カラカラと車輪が徐々に回りだし、少しずつ前へと進み出していく。

 ダリルは荷台に腰掛け、車体後部へと足を乗り出した。


 はじめはゆっくりと進んでいたが、関所を抜けると、馬車は更に加速する。馬車はそれなりのスピードで進み始めた。

 地面は石畳で舗装されており、これが共和国までずっと続いている。


 荷台からは、少しずつ遠くなる街が見えていたが、そのうち地平線の下に飲み込まれていった。

 道中は多くが平野部となっており、いつの間にか周囲はただの草原が広がっているだけになった。

 人工物などはなく、似たような景色が流れていくばかり。

 

 アンヌだけは一人騒がしかったが、意外と疲れが溜まっていたノエルとカインは、あまり言葉を発さずに、その景色をただぼんやり眺めていた。


 あまり眠るのには適した環境ではないだろうに、一定のリズムとずっと変わらない景色に、ノエルの瞼はいつの間にか閉じてしまっていた。

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