11 国境の街(3)
「私、アンヌと申します、そしてこちらがノエル様とカイン。三人で旅をしているところだったんですが、いやぁ~助かりました!」
「ふーん、旅人なんだねぇ」
「そうなんですよ!
一ヶ月かけて南の方からやって来たんですよ。いやぁ、あの時は大変だったなぁ……。ねぇ、ノエル様?」
「よくもまあペラペラと……」
今しがた出会ったばかりの男に、嘘八百を並べ立てるアンヌ。
ここで馬鹿正直に事情を伝えるわけにもいかないので、当然といえば当然だが、躊躇なくスラスラと虚言を連ねる様は怖い。
……だが一方で、初対面の人間とすぐに距離を詰められるこのコミュニケーション能力は、評価に値する、のかもしれない。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はティモン、王国で商人をしているよ」
男が思い出したかのようにノエルとカインにも向けて挨拶をする。
ティモンと名乗る男は、商人だと言った。
なんでも王国で商会を経営しており、今回共和国のとある街に商談へと向かうのだそう。
共和国まで連れていってくれるのは、そのついでというわけだ。
「ああ、なんて優しい人なんでしょうか……。ティモンさんの無償の奉仕に、私感服致しました!」
困った人を助けるなんて、なんて心の広い人なんでしょうか。
……とアンヌは胸に手を当てて大袈裟に感動する。胡散臭いことこの上ない。
しかしそんな様子を見て、ティモンは苦笑いをしながら二本の指を出した。
「はは、勘違いしていたら申し訳ないんだけど……一人このくらいでどうかな?」
「あっ金取るんスね」
「ちゃっかりしてるな……」
カインとノエルは、その指二本のジェスチャーを即座に理解した。
……どうやら、有償らしい。しかも、普通に乗合馬車を使うより二割増しくらいの料金だ。明らかに暴利をむさぼるような料金ではないところがいやらしい。
少し遅れてその意味に気づいたアンヌは、そのまま氷漬けになったように動きを止めた。
そうして、やむを得ず、仕方なく、渋々――そういった言葉が当てはまるような微妙な面持ちで、運賃の支払いに同意した。
「……今日この後出発なんですよね……でしたら構いません」
急にぷっくりと頬を膨らませるアンヌ。テンションの乱高下がすごい。
だが冷静に考えると、二割増しの運賃で行程を三日短縮できるなら、そこまで悪どい商売でもないのかもしれない。
他に選択肢を持ち合わせていないアンヌは、渋々と購入を受け入れるしかなかった。
「これが需要と供給ってやつですか……なんだかしてやられた気分です!」
「はは、そうと決まれば出発だね。一時間後に東側の関所で集合だよ」
ティモンはそう言い残すと、ノエルら一行のもとを離れた。
兎に角。
これで問題は解決だ。少し手痛い出費だったが、アンヌの懐はまだ十分温かい。
出発に向けて早速用意を始めようとした時、一部始終を見ていた先程の受付の男が話しかけてきた。
「――嬢ちゃん達、良かったな。気をつけるんだぞ」
彼は手を振りながらそんなことを言ってきた。強面なのに優しい。歯を見せて笑っているが、怖いのでやめてください。
また受付の男は、チラッとカインの方に目を移すと、今度はニヤリと笑いながら伝える。
「坊主も……楽しんでこいよ!」
そして、カインに向けて謎のサムズアップ。
……ああ、これはもしかして、女を侍らせているのだと勘違いしているのではないのだろうか。
確かにカインは騎士だ。体つきもガッシリとしていて、身長もそれなりに高い。
田舎出身の彼にあまり自覚はなさそうだが、正直結構モテそうではある。
受付の男も勘違いするのも無理はないが、……それを良しとしなかったのはノエルだ。
すたすたと乗合馬車の受付へと近づくと、ノエルは一言。
「お気遣いありがとう」
――バンッ!!
ノエルは勢いよくカウンターの表面を平手で叩いた。それはもう全速力で。
もはや爆発音である。
近くにいる人々は、次々と驚いたような表情でこちらへ振り返っていた。
ローブの中からは、ノエルの攻撃的な目つきが覗く。
その額に青筋が走っていたことを、受付の男は気づいた。
「団長……か、顔が怖いっす」
「気にするな、いつも通りだ」
嘘だ。
めちゃくちゃ目も顔も怖いし、声のトーンも明らかに低い。
カインの経験からすると、「貸与された剣で野球ごっこをしていた騎士を見た時」くらいキレてる。
ミスや失敗には比較的寛容なノエル団長だが、道具を粗末にしたりするような輩には容赦がないのである。
「だ、団長、行きましょう」
「……ああ、そうだな」
ひやりとした汗がカインの頬を伝う。
……これ以上ここに留まっていては、碌なことにならない。
カインはそんな団長をやや強引に連れて、アンヌの後を追いかけた。
「……………………おっかねぇな」
受付の男は、一行の背中を見送りながらぼそっと呟いた。
男は知る由もない。
彼が怒らせたのは、第3騎士団の団長――『鉄仮面』のノエル・ベルンスト・フローシュ、その人であることを。
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