10 国境の街(2)

「の、ノエル様、これめちゃくちゃ美味しいですよ!! 私の故郷にはこんなに沢山の美味しいものは無かったです!」

「馬鹿、買いすぎだ」


 アンヌは、文字通り食べ物を両手で抱えていた。親指と人差し指で一品挟み、その隣の人差し指と中指の間にもう一品挟む。そして腕と胸の間にさらに二品ほど挟んで持つ……という謎の器用さを披露していた。


 ちなみにいま食べているのは卵と細切れ肉の入ったホットサンド。酸味と甘味が効いた特製のソースが入っていて、さっぱりとした味ながらもジューシーかつボリューミーだ。


 ここは、王国・共和国間の陸上交易路の要衝。両国間の文化が入り混じり、商人や旅人が多くあふれる。

 街のメインストリートでは多くの露天が軒を連ね、あらゆる食べ物や物品が売られている。


 カインとの出会いの翌日。

 一度の野宿を経て、ついに国境の街へと到着した彼らは、共和国へ向かうための補給――要は買い出しに来ていたのだ。


「うふふふ、お二人とも食べないんですか? もったいないですよ!」

「……もう十分に食べたぞ」

「俺もお腹いっぱいっす」


 ノエルとカインも、初めはアンヌと一緒に食事を取っていた。露天で気になる食べ物を買っては、その場で食べ歩き。

 はじめのうちは三人で一緒に食べていたが、初めにノエルが、次にカインが脱退し、今はアンヌだけが飲み食いしている現状だ。


 ……つまり、食い過ぎである。


「アンヌさん、そのお金はどこで手に入れたんですか?」

「……知りたいですか?」

「い、いえ、大丈夫っす……」


 実際アンヌは湯水のようにお金を使っているが、まだまだ残金はあるようだ。

 カインの素直な疑問だったが、どうやらあまり良い答えではなさそうだ。アンヌの含みのある言い方に、カインは「聞かないでおく」を選択した。

 詳細は不明だが、賢明な判断だろう。


 そんなノエル一行は、食べ物だけでなく、旅程に必要な物品も軽く調達。といっても、道中には複数の中継地点もあるし、持っていくような大切なものもない。だからそこまで多くのものが必要なわけでは無いが、


「ふふ、なにやら神聖なパワーを感じます……」

「おい要らないだろそれ」


 アンヌは謎のアクセサリーを購入していた。

 ドラゴンが剣に巻き付いた様子をモチーフにしたそれは、安っぽいメタリックシルバーでコーティングされた金属できている。


 もちろん何か特別な力があるわけはなく、ただのお土産だ。

 こういう宿場町なら大体売ってる。


 ……やっぱりこいつ、観光気分じゃないか。

 とノエルは思ったが、これ以上ツッコむことはやめた。


「二人とも、ほら! あそこが乗り場ですよっ」


 アンヌが指さしたのは、メインストリートから北西に少し外れたところにある施設。乗合馬車の受付である。

 自身で馬車を持たない旅人なんかが利用する交通手段で、その名の通り見知らぬ人同士で一台の馬車に乗り込む。

 一応複数台の乗合馬車が連隊となって目的地まで向かうが、終点である共和国側の宿場町までは順調でも三日はかかるらしい。


 一行はカウンターで肘をついて暇そうにしている受付の男に声をかける。

 無精髭を生やし、カウンター越しでもわかる程の体格のいかつい男である。

 そんな男がこじんまりとしたこの受付小屋に収まっているのは、なんだかアンバランスでおもしろい。


「あの、共和国まで行きたいんですけど――」

「ああもちろんだよ。料金はここに書いてある通りだ」


 男が指さしたのは、受付のカウンターの表側に掲示してある料金表。年齢や男女によって若干料金が異なっているが、便数もそれなりに多いため値段はどれもリーズナブルだ。


「これでピッタリです」

「……ああ、確かに。出発日はいつにするんだ?」

「もちろん今日です!」


 アンヌがそう言うと、受付の男は突然がははと豪快に笑い出した。


「お嬢さん方、お生憎様だが、今日の便はもう満員だよ。次は……三日後が最短だな」

「ええ、三日後!? 困りますよそれじゃあ」


 まさかの三日後というアンサーに、アンヌは思わずカウンターに両手をついて、受付の男に迫った。

 思ったより迫力があったのか、受付の男は急にちょっとしおらしくなって理由の説明をし始めた。


「そんなこと俺に言われてもなぁ。うちの御者が二人も体調を崩して、ただでさえギリギリなのに減便せざるを得ないんだよ。……まあ、三日で済んでラッキーだったと思うんだな」

「うーん、しょうがないですねぇ……」


 受付の男は困ったように言った。御者がいなければ馬車は動かない。

 そんなどうしようもない事情に、アンヌは流石に引き下がるを得なかった。


 ありがとうと一言礼を言い、渋々購入を承諾しようとした時、


「よかったら、共和国まで一緒に行くかい?」


 一行へ声をかけたのは、恰幅のある人が良さそうな一人の中年の男。

 ノエルたちが振り向くと、彼はニカッと笑った。

 突如として起きた、渡りに船なこの状況。


「ぜひ!!」


 アンヌは一つ返事で付いていくことを決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る